第14話 鳩③
少年とは、その後すぐに会うことができた。
顧客である掬水酒造でだ。
掬水酒造は、最近、人気の酒蔵会社だ。
店頭の横に、酒を仕込む木桶でつくったベンチがあって、ちょうどその上に杉玉がある。
まるでクリスマスのヤドリギのようだと、誰かがSNSで写真をアップしたら口コミで広がった。ベンチはDIY好きな若旦那が、廃棄予定の木桶で作成したもので、2人で座るには少し小さめなのでくっつかないと座れない。それが、また人気の理由になっている。
「こんにちは。白浜造園です。」
ベンチにその少年は座っていた。
清潔感のある服装に白く整った顔立ちで、息づかいさえも聞こえないほど静かに座っていた。ヒヨドリだろうか、足元にいる数羽の鳥を見ているが、鳥に向いているはずの目は決して鳥を見ていない。
少年は、カタッと、黙って椅子から立ち上がると店に入り、「お客様です。」と店番の男性に声をかけ、そのまま家の中に入って行った。
「無愛想ですみません。」
「年頃の子なんてみんなそうですよ。」
田中先輩は営業スマイルだ。
店の裏手にある庭を指して「お邪魔してよいですか?」と声をかける。
そこには、すでに同僚の木山さんがいだ。
木山さんは、普段、日枝さんと組んで仕事をしている。
木山さんは腕がいいだけでなく、とても器用で、ちょっとしたものは自分で作ってしまう。涼し気な髪型や優しい印象は、歌手の木山さんにそっくりで、本人かと思うほど、びっくりするぐらい歌も上手い。
「木山さん、遅くなってすみません。」
「いや。今日は庭の状況を見ることと、お客さんの要望を確認するところがメインだから。」
店舗の後ろには酒蔵と住宅があり、砂利を敷いた屋外スペースと塀にそって庭がある。
庭は、壊れた木桶がそのままおいてあるなど、しばらく手入れがされていない荒れた状態だった。
「田中さん、あの梅の木なんだ。もう2本、奥にもあるんだけど、ちょっと怪しいと思っているんだよ。」
「私も見てもよいですか?」
田中先輩は梅の様子を見に行く。夏なのに、落葉している枝がある。
「日枝さんは、今日、権之助川桜並木の保全検討会?だったかな?に行っててね。最近は、同業に教えに行ったり、なかなか時間を取ってもらえないんだよ。申し訳ないね。」
梅の樹皮を触ったり、枝の付け根や根まわりを確認している。
しばらく確認してからこちらを向くと頷いた。
「私も、木山さんのよみどおりだと思います。」
?
どのような『よみ』ですか?
僕にも教えてください。
2人だけで会話が成立しているのが悔しい。
「それに、ここにフラスもある。」
!!!
クビアカツヤカミキリか!
木山さんがフラスを確認しにいく。
「桜とは色が微妙に違いますね。写真だったからかな。
あ~。それにしても、『梅』に出ましたか。
実は、梅の木を切りたがっていないんですよ。思い入れがある様子で。」
木山さんは『うーん、どうしようか。』っと、独り言を言いながら溜息をつく。
「説明するのに現物があるといいんですけど、鈴木さんは『引きが強い』っていうから、今日あたりでませんかねぇ。」
木山さん! 『引きが強い』ってどういう意味ですか!
「あとの2本も同じような状況ですか?」
「そうですね。似たり寄ったりです。ちょっと一緒に確認してみましょう。」
残りの2本を確認しに行く。
クビアカツヤカミキリって、桜だけでなく、梅にもつくんだな。そういえば梅もバラ科の樹木だった。
しばらく木を確認して、雑談をしていると、さっきの少年がやってきた。
田中先輩の前に立ち
「さっきは、ありがとうございました。」
少し声が震えていた。きっと、勇気を振り絞って来たのだろう。
「さっき、って、図書館でのこと? いや謝るのはこちらだよ。嫌な思いをさせてしまったね。」
「あ、あの本当に鷹だったんですか?
それとも、ぼ、僕をかばってくれたんですか?」
田中先輩はかがんで少年に視線を合わせた。
「警察の人にも同じことを聞かれたよ。みんな信じてくれないんだけど、鷹だよ。
専門家に見てもらうよう言ったから、じきに種類がわかると思うけど、きっとオオタカだと思うんだよね。知ってる?オオタカだよ。オオタカ。」
少年は安心したのか、いくぶん緊張がほどけた顔になった。
「オオタカ、インターネットで調べてみます。
・・・鷹って身近にいるんですね。」
「けっこう、いろんな種類がいるんだよ。知らなかった?
ついこの間、ツミも見つけたよ。」
「ツミ?」
「鳩と同じくらいの大きさの鷹なんだけど、カラスのほうが強いから、普段は上手に隠れているんだ。今度、先入観をもたずに空を見てごらん。肉食特有の戦闘機みたいな形の影でも、カラスじゃない影がときどきいるよ。」
田中先輩は手で鳥の影の形を作り、それを優雅に飛ばしている。
少年は、すっかり緊張が解けて、ゆるんだ顔で頷いている。
田中先輩はその様子をみてニカッと笑うと、
「君にとっておきの情報を教えてあげよう。
親水公園って知っている? そこに大沼と小沼って沼があるんだけど?」
「親水公園は知っています。」
「実はね。カワセミが住んでるよ。」
少年の目が大きく見開いた。
「カワセミ?
あの青くてきれいな、山の中のキラキラした川にすむ鳥?」
田中先輩は頷いた。
「今度、探してごらん。臆病だから近づき過ぎてはいけないよ。それと、先入観を持たないこと。野鳥を見つけるコツだからね。」
「先入観を持たないって?」
「例えば”青”だと思わないこと。このあたりのカワセミは、巣を沼岸につくるから、湿った土の中でしょ、普段着は真っ黒だよ。泥がつくからね。」
少年は目を瞬かせて頷いた。
「すごい。何でも知っているんですね。博士みたいだ。
あ。もしかして昆虫にも詳しいですか?
ぼく、めずらしい虫、捕まえたんです。テレビでやってた。
い、今、持って来ます。」
そう言うと家の中にかけて行った。
田中先輩への敬意からか、少年の言葉遣いが、自然と丁寧な言葉に変わっていた。
「ありがとうございます。」
少年が家の中に入ったことを確認すると、店番をしていた高齢の男性が話かけてきた。
「あの子は仕事のお邪魔ではなかったですか?」
田中先輩は、いえいえと、手を横に振り回答をする。
「実は、ちょっと学校で何かあったみたいで、1学期の途中から学校に行けなくなって、引きこもりがちになってしまったんです。それで夏休みはこちらで過ごそうと親が連れてきたんです。」
あぁ、そうか。
あの少年は、この人のお孫さんだったんだな。
「あの・・・、それで・・・、その、
先ほど警察って聞こえたんですが、あの子が何か?」
なるほど、話しかけてきたのは、それが気になったからですね。
「いえ。何もないです。図書館で鳩が死んでたんで、ちょっとだけ警察官に声をかけられたんです。本当に何でもなかったんです。」
お祖父さんは、露骨に安心した顔になった。
ちょうどそこに、少年が戻ってきた。
少し息を切らしている。
「これです!」
「「「あああああ!!!」」」
クビアカツヤカミキリだった。




