第10話 狸とマスクラット①
「すみません。田中さん、助けてください。やはり1人では無理でした。」
「1人でやると言ったんだから、最後まで頑張れよ。
午後から車を使うから、午前中には帰って来いよ。」
プチッ。
電話を切られた。
先日、アライグマの捕獲でたいへんお世話になったペルシャ猫の飼い主の奥様から
『庭に見たこともない新種の犬がいる。毛がほとんどない。
市に電話したら自分でどうにかしろと言われた。
私は触りたくない。どうにかしてほしい。』と電話があった。
見たこともない新種の犬、毛がない・・・といえば、
シロが、また逃走したのか?
それとも新たなシロ(シベリアンハスキー)か?
と思い、田中先輩に2人で行かなくて大丈夫かと言われたのに、「大丈夫です。」と答えてしまった。
はぁ~っ。
奥様、狸と犬を間違えないでよ。
毛がないのは、疥癬だからです。
毛が抜けて、肌つやもなく痛々しい。
タヌキが弱っていて、追い払いたくても、びくともしない。そして逃げる気もない。
これだけ毛がないと、もう長くは生きられないだろうな。在来の獣だし、追い払いが基本なんだけど、動かないし、どうしよう。
「狸なの?毛がないわよ。新種なの?」
「いえ。疥癬という皮膚病にかかった狸です。ペットに感染するので気をつけてください。」
「え?マリーちゃんにうつるじゃないの?私は絶対触らないわよ。」
「ですからね。直接、触らないようにしていただき・・・」
「嫌。あっちに持っていって。」
奥様、横向いちゃったよ。
「い、や、で、す!」
その後も何を言っても『嫌』『絶対触らない』と繰り返して、側にもよらない。
あげく、そそくさと抱いていた猫のマリーちゃんと一緒に家の中に入っていく。
・・・・
あれ?
戻ってこない。
なぜ?
呼び出したの貴方でしょ。
閉じこもっって知らん顔する気?
こういう場合、どうしたらいいんだ。
そこで田中先輩に電話した。
ああ。田中先輩には午前中に戻って来いと言われたし、もう、長引かせたくない。
ガミガミ言われるかもしれないが、ここは強気にいこう。
大きな声を張り上げる。
「私はこれで失礼してよいですか? あとは様子みてくださいね。」
ドタタタタタ。
慌てて奥様が家から出てくる。
猫のマリーちゃんが出てこないよう扉を閉めることも忘れていない。
「ちょっと待ちなさい。それ(狸)をどうにかしてってよ。お金はきちんと払うわ。」
「在来の野生動物は許可なく捕獲してはいけないルールなんです。」
「じゃあ、私にどうしろと言うの・・・このままにするの?嫌よぉ。うっ。」
あ~あ。
涙ぐみはじめた。
「自然といなくなるのを待つのも1つです。あと、餌になるような物は外におかないでください。呼びよせている可能性があります。」
「グスッ。おいてないわよ!」
弱った狸は自分で餌をとれない。だからペットの食べ残しとか、簡単に手に入る餌を狙いに来たんだ。
「どこか持っていて!」
もう、泣きながら怒っている。
狸もつぶらな瞳で僕を見る。
そんな目で見るなよ。
「とりあえず、あちらの屋敷林に移動させておきますね。」
「そこに置いておかれても困るわ。嫌よ!」
「でも、家の前より良いでしょう?
市に有害鳥獣捕獲許可をとって捕獲することもできます。前提として被害を受けたという届出が必要です。
その場合は害をなす鳥獣として狸は殺処分になります。
狸を殺したい訳ではないでしょう?」
「えっ! 殺すって、私を脅すの!?」
いえいえ。手で否定する。
まあ。半分、脅してるけどね。
ペットを好きな人は、動物を殺処分したがらない。動物をきちんと生きて『命』のあるものだと思ってくれている。
ただ、自分が被害をうけたくないだけだ。
「マリーちゃんにうつったらどうしたらよいの?」
「症状がでたら動物病院で適切な処置を受けてください。大丈夫です。直ります。」
「だったら狸も直してあげればよいじゃない?お金なら払うわよ。」
「野生動物の保護にはルールがあるんです。病気や老衰で亡くなることも含めて”自然”なんです。静かに見守ることも大切なんです。」
結局、説得に午前中いっぱいかかってしまった。
午後は田中先輩に連れられて、権之助川の上流を見に行った。
マスクラットが住み着いているという。
これから護岸工事する場所だ。何が問題になっているのかな?




