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新しい婚約者


「クローディア、こっち向いて」


 温室で、丁度見頃の花を楽しんでいれば、リアム様に呼ばれた。何も考えずに振り返れば、すっと耳に薔薇の花を差し込まれる。品種改良された貴重な薔薇だと先ほど説明されたばかりだ。いつの間にか一輪、刺抜きをされ、髪に飾るのにちょうどよくなっている。


 初めの頃はこういう女性としての扱いに戸惑いと恥ずかしさで悶えていたが、毎日のようにされていると慣れてくるもので。リアム様がキラキラ笑顔を見せていても動じなくなってきた。


「うん、綺麗だ」

「美の化身のようなリアム様に綺麗だと言われても」


 ぼそりと呟けば、彼は声を上げて笑った。


「クローディアはすごく綺麗だよ。もっと自信を持っていいのに。どうして信じようとしないのか、不思議なぐらいだ」

「リアム様も知っていると思いますけど、わたし、殿下に顔を合わせるたびに根暗とか笑みが気持ちが悪いとか言われていたんです。夜会でも淑女の皆様からくすくすと笑われていましたし。どこに綺麗だと信じる根拠があるんですか?」


 過去を思い出すと途端に憂鬱になる。

 わたしだって社交界に出る前はそれなりに可愛いと思っていた。絶世の美女ではないけれども、まあそこそこ、異性に好かれる程度の顔立ちだと信じていた。わたしはお父さまよりもお母さまによく似ていて、わたしの目から見てお母さまはとても綺麗だったから。


 でも、現実は違う。お母さまに似ていたとしても、ちょっとの差があるだけで途端に美しくなくなる。


「城にいた時のクローディアは健康が損なわれていたから仕方がないよ。息も絶え絶えの状態でいくら化粧を厚塗りしたところで綺麗になるどころか、痛々しさが出てくる」

「う、言葉がきつい。胸が痛むわ」

「しかも屍が動いているのではないかというぐらい、どんよりした顔をしていたしな」


 止めを刺されて、項垂れた。大きな手が伸びてきて、わたしの顎を掬い上げる。真正面にキラキライケメンを目にして、潰れそうだ。ここに来てから毎日至近距離で見ているから慣れてきたけど。


「今は違うだろう? ここ三か月の生活で肌も滑らかになったし、何よりも目の下のクマが消えた。それに髪だって美しく艶やかになっている。最近は思ったこともちゃんと言葉になっている」

「……睡眠は偉大です」


 褒めているつもりのようだけど、その内容が微妙過ぎて曖昧な笑みを浮かべた。


「そう言えば婚約破棄から三か月、ようやく俺との婚約も整った。後はクローディア嬢の気持ち次第だ」

「え、あの婚約の申し入れは有効だったんですか」


 突然の話題転換に、目を丸くした。のんびりと三か月過ごしてきて、婚約の話題も出ていなかったからなくなったかと思っていた。それに、ここにいる間、リアム様も婚約破棄について何も言ってこないし、そもそも婚約破棄なんてなかったかのような空気があった。

 リリーも初めの頃こそ、リアム様推しだったけれども生活していくようになって何も言わなくなっていた。だから、そういうことかと思っていたのに。


「何の根回しもなく君を自分の屋敷に連れてくるわけがないだろう」

「根回ししていたことに気がつきませんでした」

「ここに連れてきた日のうちにすべて手はずは整えた。おかげで、スムーズだった」


 連れてきた日、ということは婚約破棄が告げられた時ということだ。


「殿下はともかく……陛下も賛同なさったのですか?」


 あの夜会の時に、陛下は別の部屋にいた。だから事後で話を聞いているはず。優しかった王妃陛下も力不足と思っていたぐらいだ、陛下がわたしのことを惜しむことはない。あまり接点はなかったが、会えばそれなりに優しい言葉をかけてくださっていたので少し凹んだ。


「陛下は勝手なことをした殿下に怒っていたよ。だけど、あれだけ大々的に発表してしまったんだ。取り消すこともできず、しかも君の父親はすぐさま異母妹との婚約者入れ替えを申し入れたからね」

「そうだったのですか」


 終わってしまったことは仕方がない。それにもうあまり興味はなかった。


 ため息をつけば、リアム様が初めて表情を曇らせた。


「もしかして、殿下の婚約者でいたかったか?」

「いいえ? 今はすごく楽な生活をしていますし、リアム様と話すのも楽しいです」

「それは良かった」


 いつもは途切れないおしゃべりが続くのだが、何故かとても話しにくい。婚約破棄の時の話になったからだろうか。気持ちがソワソワしてしまって、落ち着かない。


「クローディア」


 リアム様が片膝を突いた。

 そして右手をこちらに差し出してくる。


「ずっと君を見ていた。この手を取ってくれないだろうか」

「でも」

「何か不安が?」

「わたし、夜会で無能と言われてしまいました」


 殿下と婚約破棄して三か月ですっかりリアム様に懐いてしまったわけだけど、流石に次の婚約者を決めるには早い気がする。


「では、この婚約自体が陛下からのお詫びも入っていると言ったら?」

「え?」

「何年も婚約していて、その間、非常識なほどの量の仕事をさせられてきたのだから、次の婚約をきちんと整えるのも王家の仕事だと思うけど」


 そうなのかな?

 王族に婚約破棄された欠点のある貴族の娘はどこぞの修道院か僻地に押し込められる。そういう話をどこかで聞いたことがあった。だから修道院に入るのではなく、隣国に行って一人で生きようと考えていた。


「難しく考えなくてもいいんだ。俺は君と婚約したら大切にするし、もっと甘やかす予定だ。同じだけの愛を返してほしいとも言わない。ただ、俺と死ぬまで一緒にいられるかだけを考えてほしい」


 なんか、予想よりもリアム様の気持ちが重かった。

 どうしてという疑問もあるけれども、こういう男女の恋愛事は理屈じゃないとリリーも言っていた。リアム様のことは嫌いじゃないし、今の生活は穏やかで気に入っている。


 さんざん悩んだ挙句、そっと彼の手に自分のを乗せた。


「よろしくお願いします」


 小さな小さな声で返事を返す。


「ありがとう! 早速で悪いんだが、明日の夜、夜会に出席するから」

「夜会?」

「そう。婚約が調ったと陛下に報告する。それに殿下がクローディアを連れてこいと煩いからここできっちりしておこう」


 殿下のことを聞いて、血の気が引いた。


「今、わたしがリアム様の申し出を受け入れたことで婚約成立ですよね?」

「そうだよ。それは覆らないから心配いらない」


 心配いらないと言いながらも、リアム様の笑みが何かを企んでいるようで怖い。明日の夜会に行くのがとても億劫になった。断れないけど。


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