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王子の疑念1

「結界が壊れた?」


 自分の執務室で仕事をしていると予想外の報告が入ってきた。目の前に立つ魔術師は小さく頷いた。


「はい。今、余裕のある魔術師に修復に当たってもらっていますが、それも応急処置になります。なので、殿下にはすぐにでも魔力の注入をお願いしたいのです」


 物言いは丁寧であるが、ちくちくとした棘を感じる。その棘のもたらす不快感に、眉根を寄せた。


「どういうことだ? 今までそんなことはなかっただろう」

「殿下が婚約破棄したことで、クローディア嬢がいなくなったからですね」


 同じ部屋で仕事をしていた側近の一人が何でもないことのように口を挟んだ。クローディアの名前が出て、さらに不愉快になった。


「あの女が一人抜けたぐらいで結界が壊れるわけがない。そもそも、あいつは出来損ないだ」

「単純に一人抜けた分の穴埋めができていないんですよ。出来損ないでも何でも、割り振られていた仕事はこなしていましたから」

「婚約破棄してから一か月は経っているのにまだ人員の補充ができていないということか」


 人員が補充できない魔術師団の問題だろう、とほのめかしてみた。ところが返ってきたのは魔術師の呆れを含んだ眼差しだった。


「クローディア嬢の魔力は量も多かったので、担当以外も補充していました。彼女一人の穴を埋めるには、一般の魔術師を十人ほど雇わないと難しいです」

「十人だと?!」


 魔術師の説明に目を剥いた。そして彼の説明でクローディア一人でどれだけの魔力量を持っていたのか初めて理解した。


「魔力の補充が間に合わず、結界が綻び始めています。早めにクローディア嬢の担当部分の対応をお願いいたします」

「わかりました。殿下の婚約者であるアマーリエ様をそちらに向かわせます」


 側近は勝手にそう決めると、魔術師を部屋から出した。側近の返答が気に入らず怒鳴りつけた。


「どういうつもりだ!」

「殿下がクローディア嬢よりも優秀だと連れてきた新しいご婚約者ですから、きっちり仕事もしてもらわないと」

「しかしアマーリエは今王太子妃の教育で忙しい」

「王子妃教育ですね。一日ぐらい休んでも問題ありません。魔力注入は手順さえ間違わなければいいだけですから、優秀なアマーリエ様ならすぐ終わると思いますよ」


 優秀な、とごく当たり前に告げてくるので、口をつぐんだ。確かに彼女は自分の方がクローディアよりも優れていると常々言っていた。それは彼女を知る人たちからの間違いない評価だ。同じ伯爵家の娘であること、社交での様子を見て能力的にはアマーリエの方が高いだろうという判断が下されて、婚約者を入れ替えることができたのだ。


「わかった。これからアマーリエと一緒に魔力注入をしてくる」

「承知しました。終わりましたらこちらに戻ってきてくださいね」

「なんだと?」


 早めに終わりにして、アマーリエとゆっくりとした時間を持とうとしていたのに、釘を刺された。側近はわざとらしくため息をつく。


「本日の執務が終わっておりません」

「最近、仕事が多くないか?」

「仕方がありませんね。クローディア嬢が分担していたところがそのまま残っていますので」


 またもやクローディアと言われて、舌打ちする。


「どこまでも邪魔をするとは」

「邪魔をしているわけではないと思いますよ。殿下の仕事ですから。どちらにしろアマーリエ様がすぐにクローディア嬢と同じだけの執務が可能になれば元通りです」

「うぐぐぐ」


 ああ言えば、こう言う側近に何か言い返したいが、特に思いつかなかった。アマーリエが城で教育を受け始めて半月ほど。急に環境が変わったのだ、いくらアマーリエが優秀と言えどもすぐにできるわけがない。それをちゃんと理解しない側近に腹が立つ。


「それでは殿下いっていらっしゃいませ」


 にこやかに告げられたことが癪に障り、返事もせずに部屋を出た。

 護衛を連れて、王子の離宮へとやってきた。王子の離宮は廊下でつながっており、許可のないものは立ち入ることはできない。


 アマーリエはとても美しく、それでいて男の欲をそそる体を持っていた。クローディアを追い出した後、婚約式を簡単に執り行った。そして、確実に結婚するために、その純潔を散らした。心から愛する者と結ばれて、それはそれは至福の時だった。


 それ以降、実質的な妃として彼女はわたしの離宮で暮らしている。甘い生活は居心地がよく、彼女との生活に満足していた。


 足早に離宮の廊下を歩いて、目的の部屋へと向かう。アマーリエを驚かそうと静かに部屋に入ってみたが、誰もいない。


 アマーリエの勉強はこの部屋でやっていたはずだ。慌てて廊下に出ると、通りかかった使用人を捕まえた。使用人は恐縮したように体を小さくした。


「おい、アマーリエはどこで授業をしているのだ?」

「アマーリエ様はすべての教師を帰してしまったので、授業はありません」


 戸惑いながらもそんな答えが返ってくる。


「は? どういうことだ?」

「詳しいことは存じませんが……」


 使用人がアマーリエの事情を知るわけもなく、困ったように肩をすぼめた。苛立ちながらも、ここで使用人に当たっても仕方がないと自分自身に言い聞かせ、彼女が今どこにいるのかだけを聞く。


「本日はサロンでお茶を楽しんでおられます。特別に取り寄せたお茶だと聞いています」

「お茶」


 言いようもない不愉快な気持ちがこみあげてきた。勉強で精一杯だろうから、クローディアのやっていた公務を任せずにいたのだ。それなのに、本人は勉強もせずに暢気にお茶を飲んでいる。しかもアマーリエは教師を首にしたことを私に伝えていない。


「落ち着け。教師の指導が必要ないほどだったんだ、きっと」


 強く信じ込むように声にした。そしてアマーリエを探して、サロンへと向かう。

 サロンは心地よい空間であるようにと、手入れの行き届いた庭が見え、室内も広々としていた。置かれている調度品はどれもこれも高級なものだ。サロンに入れば、すぐにアマーリエが気が付いた。


「殿下! 早いお帰りですね。何かありましたか?」

「アマーリエ。教師はどうした?」

「えっと」


 いつもは潤む瞳で見つめてくるのに、目が泳いだ。感情が爆発しそうになって、ぐっと拳を握りしめる。アマーリエは申し訳ないような顔をした。


「先生のお話はもう知っていることだったので……勝手なことをしてしまってごめんなさい」

「復習は必要ないということか」


 アマーリエはクローディアよりもできると自分で言っていた。社交界でも上手に会話をしていたから、きっと問題なかったのだろう。ほっとした気持ちで微笑みを浮かべた。


「わかった。それならば、これから一緒に来てもらいたい」

「どこに?」

「私の執務室だ。ああ、その前に魔術師たちに紹介したい」


 アマーリエの顔がぱっと華やいだ。


「嬉しいです!」

「魔術師たちは今すぐにでも会いたいと言っていたから、喜ぶと思うぞ」

「じゃあ、着替えを」

「着替えは必要ない。非公式の場だから、そのままでいい」


 手を差し出せば、アマーリエは嬉しそうに手を預ける。彼女の明るい顔を見ているだけで、気持ちは上向きだ。こういうところが、クローディアと違う。あの女に義務以外で手を差し出したいと思ったことはない。


 彼女の手の平を優しく指でなぞれば、艶のある眼差しを向けてきた。蠱惑的な眼差しに体中の血が熱く駆け巡る。


 落ち着け、ここで寝室に駆け込むわけにはいかないんだ。


「お仕事を早く終わりにしたら……ご褒美貰える?」

「そうだな、考えておく」


 アマーリエと他愛もないことを話しながら、二人そろって魔術師棟へと向かった。


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