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夜会で婚約破棄を叫ばれました

「クローディア・レイハン! 貴様との婚約を破棄する!」


 くらくらする頭を抱えて、何とか夜会に参加してみれば、婚約者のよくわからないたわごとが飛んできた。言葉が理解できなくて、上座にいる婚約者を見る。


 彼はいつになく不機嫌そうな顔をしてそこにいた。第一王子に相応しい豪奢な衣装に身を包み(第一王子だけど王太子じゃないところがポイント)、王妃陛下譲りの美貌を引き立たせている。そう、わたしの婚約者はとても見栄えがいい。いかにも王子といった雰囲気をしている。いや、間違いなく王子なんだけど。


 朝からずっと付きまとう頭痛のせいで、殿下が何を騒いでいるのかわからない。このまま聞こえなかった振りをして放置したいけど……。痛む頭を抱えながら、周囲をぐるりと見回した。

 誰もが興味津々と言った顔をしてこちらを注目している。

 ため息を押し殺し、仕方がなく聞き返した。


「申し訳ありませんが、理解できませんでした。もう一度お願いします」

「私の話を一度で理解できないとはとんだ低能だな! 貴様のような能力の低い女は将来の王妃として相応しくない!」

「はあ」


 ものすごい勢いで、低能だと責められた。

 いつもなら挨拶をしても一言、ああ、とか、そうか、とか、悪い時など小さく頷く程度でどこかに行ってしまうのだが、今日は息つぎなくしっかりと長い言葉を喋っている。


 ぼーっとしながら、殿下もちゃんと言葉が使えたんだと感心した。この国の王太子はまだ決定していないから殿下は王太子じゃないし、当然わたしは将来の王妃じゃないけど、と明後日なことを考えている間も、殿下の大げさな身振りを交えた演説は続いた。


「母上は激務をこなし、さらには国の防衛を一手に担い、それでいてなお美しさを誇っている」

「そうですね。王妃陛下はとてもお美しいです」


 誰もが認める事実だ。反論することなく頷けば、忌々しそうに睨みつけられた。そして、唾を飛ばすばかりの勢いで怒鳴り散らした。顔が良くても唾を飛ばすなんて、ちょっと幻滅する。


「それに比べてお前は何だ! ()()()()教育ごときで、身なりも構わなくなるほどになるとは。情けない」


 身なりに構わないと指摘され、自分のドレスを見下ろした。


 今流行だと言われているたっぷりのフリルを使った濃いピンク色のドレス。

 ドレスの裾にも海藻のように付いているが、襟ぐりにもびっくりするほどのフリルがついている。


 自分の好みからすればフリルは多すぎだし、色も目に刺さって痛い。

 そして何よりも濃いピンク色は似合わない。強烈な色に負けてしまっていて、わたしの色白を通り越した青白い肌と合わせると血色の悪さが際立つし、覇気のない顔立ちは埋没する。顔色が悪いのは主に睡眠不足だけども、ここ数年、この状態だから誰もが元からだと思っているはずだ。


 用意されたドレスが似合っていない自覚はあったが、可愛いものは激盛すると可愛らしさ倍増だと嬉しそうに用意する王妃陛下に断ることなどできなかった。


 それに似合っていなくても、マナーに反していなければ別にどうでもいい。そこに力を割く余裕はない。だけど殿下が求める常に社交界の華であるべきということであれば、間違いなく王太子(正確には王子)の婚約者としては失格だ。


「……王妃陛下の贈ってくださったドレスが似合わないのは確かに申し訳ないとは思います」

「それだけではない!」


 まだあるのか。

 隠せないほど顔が引きつった。

 こんなくだらない文句なら、書面で伝えてもらいたい。心底そう思った。しかも王太子妃と間違ったことを連呼しているし。さりげなく視線を彷徨わせ、陛下と王妃陛下を探す。他国の使者が来ていると言っていたから、どうやらこの場にはいないようだ。


 興奮をした殿下を抑えることができる人がいないのはまずいのでは?


 わたしの焦りなど慮ることなく、殿下はさらに言葉を募った。


「お前の教育が芳しくないと母上が嘆かれていた」

「えっ……」


 母上が、という言葉に反応した。いつも王子妃になるのだから今のうちに慣れましょう、と殿下の執務以外にも王妃陛下の執務を引き受けていた。もちろん表に立つと色々と口さがない貴族たちに口撃の機会を与えてしまうからという配慮で、人からは見えにくい部分――この国に張り巡らされた結界への魔力提供や裏付けを確認する必要のある書類仕事を任されていた。


 本来の王子妃の教育の上に、この負担である。仕事が多すぎて、詰んでしまうことがほとんど。もちろん自分の力不足は理解していて、不甲斐なくて泣いてしまうわたしを優しく慰めてくれたのは王妃陛下だ。


 そんな優しい王妃陛下は王子妃になるだけの能力が足りていないと、わたしにはっきりと言えなかったのだろう。睡眠を削ってまで努力をしているのを知っていたから。


 そして、見かねた殿下が爆発してしまって、このような公で婚約破棄をせざるを得なくなった。ようやく理解して、わたしは肩を落とした。


「……理由はわかりましたわ。力不足は本当に申し訳なく思っています」

「わかっているなら潔く婚約破棄を受け入れろ」

「承知しました。婚約破棄を受け入れます」


 言われるまでもなく、力不足が理由であれば受け入れるしかない。どんなに頑張っても今以上の仕事をすることは無理だ。本当に王族の皆様方、尊敬する。


 悔しい気持ちは全く湧いてこなかった。張りつめていた気持が緩み、どこかでほっとしている自分がいる。きっとこういうところがダメなのかも。


「ちょっとお待ちなさい! こんなところで何を言い出すの!」


 誰かに呼ばれたのか、王妃陛下が慌ててホールに戻ってくる。騒動を見て誰かが呼んでくれたのだろう。


「母上、いえ王妃陛下はお黙りください。これは国として由々しき問題です。王妃陛下に敵わなくとも、同じぐらいの能力を持つ女性でなければ私の隣に立たせるわけにはいかないのです」

「だから、今はそういうことを話す場ではないと言っているのです。誰か、この子を別室に」


 とにかくこの場を収めようと王妃陛下が声を張り上げるが、その程度で引く殿下ではない。騎士が近づく前に、大きな声で張り上げた。


「クローディアよりもはるかに魔力の高い令嬢はいるのです」

「えっ?」

「この女には異母妹がいるのです。彼女は同じく伝統ある伯爵家の血を引く者。その潜在能力はこの女と同じぐらいあります。だからこれから鍛錬を行えばきっと」


 異母妹と聞いて、王子のすぐ後ろを見れば、両手を胸の前で組み、うるうるとした目をした異母妹のアマーリエがいた。一つ年下のアマーリエは後妻の娘。お母さまが死んでから知ったのだけど、どうやらお父さまは結婚前からアマーリエの母親と恋人関係にあって、結婚してからもずっと関係があったそうだ。だから、後妻の連れ子だけど、伯爵家の血も継いでいる。


「お異母姉さま、ごめんなさい。苦悩する殿下を放っておけなくて……」


 女優も真っ青になるほどの演技力で、彼女は悲恋のヒロインを演じてみせる。


 その様子を見て、ようやくこの婚約破棄が殿下とアマーリエの仕組んだものだと理解した。

 確かに責められている部分は言い返すことなどできないけれども、アマーリエがわたしよりも出来がいいということははっきり言ってない。


 あの子は勉強は嫌いだし、魔力の鍛錬も嫌いだ。幼い頃から手を抜きまくっていて、後妻の連れ子として本邸にやってきた頃には口うるさく注意していたが、甘やかすお父さまを見て注意をしなくなった。


「私に足りないところがあるのは本当だからいいのだけど……あなたに務まるの?」


 アマーリエがわたしの後釜に座るとなると、勉強量はさらに多い。王子妃の勉強だけでなく、彼女の場合は潜在能力を引き出すための魔力の鍛錬も必要だろうし、執務の一部も負担するのだからそちらの勉強もある。比較的勉強が苦にならないわたしでも逃げ出したくなるほどの課題の山だ。


 わたしも王太子になるかもしれない第一王子の婚約者に選ばれた時には人並みに嬉しかった。他の令嬢よりも能力が認められたということだからだ。この国の王子妃は魔力の強さが必須。王族はこの国の守りの魔道具を動かさなくてはいけない関係で、妻になるのは魔力の多い令嬢が選ばれる。それは次代も魔力の多い王族を増やすため、当然のことだ。


 だけど嬉しかったのは選ばれたことを披露する夜会の時だけ。その後は勉強漬け、仕事漬けで地獄だった。夜会や茶会に参加する楽し気な令嬢たちの様子を見て、婚約者でなければあのように気楽に楽しめたのだろうかと何度思ったことか。


 ん?

 もしかして婚約破棄はとてもいい話じゃない?


 わたしの色々な面にシャレにならないほどの傷が残るが、このまま一生を国に捧げるよりも楽しい気がする。婚約破棄された後、伯爵家には戻れないと思うので、それこそお母さまの実家に行けば何とかなる。

 隣国に住むお母さまのお姉さま――伯母さまもいつでも来ていいと手紙を定期的に送ってくれるし。お母さまは隣国の侯爵家の令嬢だったのよね。代替わりして伯母さまが侯爵になった後もわたしをすごく心配してくれる肉親だ。


 色々と考え込んでいるのを拒否と感じたのか。アマーリエは控えめな態度をしながらも、バカにしたような目をわたしに向けてきた。


「お異母姉さまは婚約して王宮に行ってしまわれたからご存じないかと思いますが……少なくともお異母姉さまよりもわたしの方が優秀ですわ」


 よし、そこまで自信があるのなら譲ろう!


 大きく息を吐くと、なけなしの演技力をかき集める。たとえ大根役者だろうが、きっちりと婚約破棄された令嬢の役を務める必要がある。喜びを表してはいけない。


 扇子を広げ、顔を俯かせながら目を大きく見開く。書類仕事で乾き気味な目から涙をなんとか絞り出し、扇子の陰からちらりと二人を見た。小さな涙が一粒、頬を転がり落ちる。もう一粒、頑張りたかったがそれ以上は出ないので、声を震わせるために喉の奥を締めた。


「わかりました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 さてと。

 ごちゃごちゃ言われる前に、城を出よう。


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