第九話 闇の魔法使い
広場のベンチに腰を下ろし、俺は呑気に子供達と遊ぶエヴァンを見ていた。
彼女の楽しそうな表情を見ていると、今だけは何故か全てがどうでも良く思えてしまう。
「その顔の傷はあの日のものですか?」
気を利かせた村長のトンパが俺に飲み物を差し出しながら聞いてくる。
コップからはコーヒーの香りが漂ってくる。
俺はコップを受け取ると、自分の右目の火傷を触りながら言う。
「あぁ、本来ならあの場で俺も父や母達と共に死ぬはずだった……けど」
豪華に包まれる城。目の前には息のない母や父、使用人達。次は自分が死ぬと察し、死を受けいれた瞬間に彼は俺の命を助けた。
今でも鮮明に覚えている。ミネールが命を懸け、まだ子供の俺を炎の中から救い出した時のこと。
「クロム様?」
「……黒の賢者が救ってくれたんだ」
「黒の賢者…………そうですか。その方には感謝してもしきれないです」
彼は俺に名を与え、知識を教え、命を救った。だからこそ、この命は無駄にはできない。
コップに入ったコーヒーを口に含み俺は、またエヴァンの方へと目線を移動させた。
「彼女は不思議な女性ですね。母を失った子供達があんなに笑顔になるなんて……」
母。という言葉に俺は眉をひそめると、トンパへとその理由を聞いた。
その死因が魔女狩りだというのは想像が着いていたが。
「三日前でした。突然調査の日でもないのに彼らが現れ、今エヴァンさんと遊んでいる子供達の母親が火あぶりにされたんです」
「遺体は」
「彼らが帰った後に直ぐにおろし、教会の近くに埋めました。変わり果てた母親を見た子供達はずっとご飯も食べれなくて、笑顔すら見れなかったです」
だから、エヴァンさんとクロム様が来てくれて嬉しかった。と目の前の男は言った。
きっと三日前来た奴らはエヴァンが殺した魔導兵だ。俺がもっと早く旅を始めていれば。
終わったことを嘆いていると、隣に座ったトンパがエヴァンを見ながら話を続けた。
「クロム様にそっくりですね。雰囲気が」
「お互い死を経験したからな」
「死を? それじゃあ彼女もエスポワール国民なのですか」
食い気味に質問をぶつける村長に俺は、無表情で答えを返す。
「あいつはセルパンから来た。それに何故か女だと言うのに鮮黄色の瞳を持って魔法も使える」
俺のように驚くんだろうなと予想していたが、トンパは驚きもせず彼女の事を受け入れた。
そんな男に俺は驚く。
「それは……だからなのでしょうか彼女の瞳はクロム様と瓜二つです。いくら魔法で隠していても私には分かります」
改めて彼女について考えてみるが、不思議と言うより不気味が勝ってしまう。
女でありながら魔法が使え、鮮黄色の瞳を持ち、不老不死。その中でも一番不気味なのは不老不死の能力だ。
物語の中でしか知らない不死者。いや、子供の頃にミネールから教えてもらったような。
俺は昨日の事のようにその時の事を思い出し始めた。
俺は噴水の前で黒い本を読む奇抜な桃色の髪の男へと声をかける。
「ミネール、本当にこの世界には不死者という者がいるのか?」
ミネールは目線を本の文章から移すことなく、少し驚くような声を上げた。
まるでバカにしてるかのように。
俺が不死者に関心を持ち始めたのはつい先日の事だった。
俺に興味を示さない父から久々に貰ったプレゼントにそれは入っていた。
不死者の行進。
闇魔法が使える青年がこの世の全てを支配する為、自分の魔法で死人を蘇らせ、世界を破滅へと導く小説。
男がこんな本を俺に渡した理由なんてものは知らなかった。むしろ知りたくなかった。
そんな変な事を考えているとミネールは持っていた黒い本を閉じ、俺に目線を移した。
「不死者。クロム様まさか、『不死者の行進』という本をお読みになったんですか」
「そうだ。父上から貰ったからな」
俺がそういえばミネールはクスリと女のような顔で微笑む。
何がそんなにおかしいのか、俺には分からなかった。
「さすがですクロム様。あの本は古代魔法学の本なんですよ。言葉も何もかもが古代文字、そんな本を読めるなんて本当にあなたという人は完璧なお方だ」
見返りを求める貴族のような言い方をするミネールを睨み、俺は言う。
「さっさとしろ、俺の休憩時間が無くなるだろ」
「すみません。つい……ゴホン!」
咳払いをするとミネールは俺が悩んでいた事の解説を話し始める。
「まず黒魔法と闇魔法の事は触りだけですが教えましたよね」
「ああ」
「この二つは、死の魔法の派生からなった魔法なんですよ。いわば死を超越した者だけが使える魔法です」
ミネールは自分の掌から黒い光を出しながらそう言う。
その光は不気味に黒く光っていた。まるで命を吸うように。
「それじゃお前も死を超越した者ということか?」
「僕の場合、少しだけですが。けれど、光魔法はその逆で生命の超越です」
「それではおかしくないか? それなら俺は生命を自由に操れるって事になる」
光魔法は治癒には特化しているが、死者を蘇らせる事はできない。
それは神の領域、人智を超えることになる。とミエールから耳が痛くなるほど聞かされていた。
ミエールはまた笑みを浮かべ、空を優雅に飛んでいた鳥を黒魔法で撃ち落とす。
力なく落ちてくる鳥を優しく手で受け取ると、ミエールは、また説明を始める。
「クロム様、この小鳥はあと数分で息絶えてしまいます。ですが貴方の光魔法ならこの瀕死の状況から復活させることができるんですよ」
まだ実践で使ったことの無い治癒魔法。
本当に光魔法には他とは違い、この状態を治せるのかと思う中、俺は小鳥の傷口に触れ、魔法を唱える。
「光魔法、天女の癒し《エンジェルブレス》」
するとみるみると傷口は塞がり、小鳥は元気に鳴き始めた。
「素晴らしいですね! それが生命を超越した魔法。そして、これが死を超越した魔法……」
そう言うとせっかく元気になった小鳥をミエールは、殺し魔法を唱えた。
「闇魔法、死の兵士」
ミエールの手の中で動かなくなった小鳥は、黒魔法をかけられると同時に動き出した。
あやつり人形を操るようなミエールの姿に俺は恐怖を覚えた。
「生き返った……」
「いえ、正確に言えば核を持たない存在になったんですよ」
「魂を持たない? それはおかしくないか。魂が無ければ人間は動けなくなるのでは」
そう言葉を投げればミエールは、ふむ。と顎を手で触れ、何かを考えていた。
いくら考えたところで目の前の小鳥は生きていた頃と同じようにミエールの周りを飛んでいた。
それだけ見れば操り人形だとは分からない。
「クロム様は魂が人間を動かしていると思ってるんですね」
「違うのか」
正解でもあり、不正解でもある。とややこしい言葉を目の前の男は吐く。
「本来主である神は暇つぶしに魂のない人間二人を作り出しました。言わば僕が今やっている操り人形と同じですよ」
「お前の話が本当なら、人の魂と命は別々だということか」
「理解早いですねー……けれど神は操り人形ですら退屈になり、二人の人間に魂というものをつけたんですよ。それがアダムとリリス」
リリス? アダムの妻はイヴでは?
頭の中を疑問がぐるぐると回る中、ミエールは話題をそらすような言葉を俺にかける。
「闇魔法とは死を操るものなんです。簡単に人を殺せる魔法であり、死者を蘇らせる魔法。だからこの魔法は全ての人々の記憶から消されました」
「ではなんでお前は消されていない」
「さて、それはいずれ分かりますよ。この僕が歩んできた美しくも悲しい物語を貴方は聞かなければならなので」
そう言うと、ハエのように周りを飛び回っていた小鳥をミエールは掴み、捻り潰すと俺を庭園へ残して去ってしまった。
子供ながらでもわかった。ミエールがこの国で偉大な魔導士であると共に恐れられている理由が。
見えなくなっていくミエールの背中を、俺は呆然と眺めていた。