第六話 魔法に飢えた国
俺らは黒いローブに身を包みエスポワール城を後にした。
水辺のないこの土地では俺の移動魔法は使えない。手っ取り早く馬をなどを捕まえようと考え、辺りを見渡すが、人いや、動物一匹見当たらない。
今日、一番のため息を吐くと俺は、姿も見えない帝国がある方角を眺めた。
「なぜエスポワールは滅ぼされたのですか」
ポツリとエヴァンは、強風にかき消されてしまいそうな程の声量で言った。
俺は歩みを止めずに聞かれた質問に答えを返す。
「弱い魔導師が神の力を恐れたからだ」
「神の力というものはそれほどまでに強力なんですか」
「宿る神の力にもよるが、大体は強い。その神の能力にも左右されるが、神の力はその名の通り人の領域を超えた力だ」
そう、神と言っても宿る力は様々。どんな力が宿るかは産まれるまで分からないのだ。
そして神の力は使うものにも比例する。
同じように俺の神の力を他の後継者が宿したとしても俺よりも上手く扱える保証はない。それか俺よりも上手く扱い、強力な魔導士になることもある。
そんな力を恐れた周辺国、いや、魔法帝国はエスポワールを滅ぼした。
俺に平気な顔をして友という関係を続けている裏切り者。それが誰なのか、あの日あの場にいた俺にも分からなかった。
「神の魔法は普通の魔法とは違うのですか?」
「え? ……あぁ、違う」
ごちゃごちゃと考え事をしていて、いきなりのエヴァンの質問に少し驚いてしまう。
エヴァンは俺に魔法に関する説明を求めるかのように、じっと顔を見ていた。
自分に向けられた熱い視線を無視することなどできず、俺はエヴァンに魔法と神の力の説明をする。
魔法は術者の身体を流れる魔力を使って火や水、風などの属性を生み出す。
けど、それは無限ではなく、有限。自分の魔力が尽きれば回復するまでに魔法は使えなってしまう。
そして、この世界には自然にあるものにも魔力が流れている。それを自然魔力と人々は呼んでいる。
まず一般人と言うよりも、人間はこの自然魔力から魔力を借りることはできない。
例外もあるが、基本的には魔法は自分の魔力をエネルギーとして使う有限なものだ。
けれどそれを神の力は自身の魔力ではなく、自然魔力から魔力を借り、自然に影響させて技を出す。
それがこの世界を創り出した神だけが許された権限だ。
長々とエヴァンに魔法と神の力の違いを説明し終え、俺は理解したような顔をするエヴァンをよそに歩き出した。
「クロムのその手甲の刻印はポセイドンのものですよね」
俺の右手の甲に刻まれた、ポセイドンを表した刻印。
水と三又の槍を指さし、知っているような口調でエヴァンは言った。
「これを知ってるのか」
「ええ」
「不思議なやつだ。魔法も知らなかった奴が神の刻印を知っているなんて」
「昔、絵本で見たんです」
そう言った後の彼女の表情はどこが寂しげだった。
まずいことを聞いてしまったという罪悪感から、俺も黙ってしまう。
気まずい空気が俺らを包み込む。
俺は小さくため息を吐くと、気まずい空気を払い除けるように口を開いた。
「よし、お前はこれから俺に敬語を使うな。いいな」
彼女はモジモジしながら、でも。と呟いた。
「俺が王子だからタメ口で会話はできないと?」
「いえ、そんなつもりは」
「確かに俺は王子だ。けどそれは昔の話、今はお前と同じく旅人。旅人に身分なんて関係ないだろ」
いきなりエヴァンは歩みを止めてしまった。
またなにか反論する事を言うのだろう。と俺も歩くのを止め、エヴァンの顔を見る。
彼女は反論する素振りなんか見せることなく、立ち止まって明るい表情で大きく頷いた。まるで子供のように。
そんな彼女を気にせず俺は再び歩き始めると、エヴァンは遅れまいと急ぎ足で俺の少し後ろを歩いく。
「それに贔屓されるのは嫌いだ」
ザッ。と脳内に以前、仲間と旅をしていた記憶がフラッシュバックする。
以前は俺も仲間を求めて旅をしていた。長く過ごす中で俺がエスポワールの王子だということに気づくやつも少なくはない。
それまではタメ口で楽しく旅をしていたのに、王子と知った瞬間彼らは俺との接し方を変えた。
食料が残り僅かだな時も、ベットがひとつしかない時、そして命の危機の場面でさえ彼らは、自分は大丈夫だから。と言って俺の事を第一と考えて行動して、結局は死んだ。
自分の命ぐらい自分で守れる。彼らの力なんてたかが知れてたし、今もそうだと思う。
今回もその考えは変わらない。
エヴァンの力など俺には必要ない。そう思いながら俺はひたすら歩いていた。
後ろから、あのー。なんて遠慮気味な声が聞こえる。
俺が無表情で振り向くと、エヴァンは少し遠慮気味に言った。
「約束を破ってしまった……あ。破ったら?」
慣れないタメ口にエヴァンは苦戦しているようだった。
それほどまでに彼女は誰にでも敬語を使わなければいけない生活をしてきたのかと、思うだけで少し虫唾が走る。
自分のことではないのに何故か。
「タメ口が出来なかったら…………考えてなかったな」
俺は顎を触りながら決まりを考えた。
別に罰なんか与えようとこれぽっちも思っていなかった俺に対し、彼女の口から出た言葉は衝撃的だった。
「殺しますか」
その瞬間気がついてしまった。彼女は一度も誰からも愛されていなかったという事を。
俺はそんな事を口にした彼女の顔を見る。
彼女と視線がぶつかった。さっきまで宝石のように光、輝いていた瞳はそこにはなく、エヴァンの瞳は闇がかっていた。
俺はその瞳を知っている。残酷さ、絶望を知っている人間の持つものだ。
その瞳を見るとやけに虫唾が走っり、苛立ちを覚えた。
今にも何かを破壊したい。そういう思いが込み上げてくる。
「もう死に怯えなくていい。俺がお前を守る」
咄嗟に出た言葉に俺自身も驚いた。
人が死のうが生きようが今はもうどうでもいい。そう思っていた俺がよく言えたもんだと思う中、どこか暖かい気持ちになっていくのに気がつく。
「死は私に訪れません。けれど痛みは存在するんです。そして絶望も」
「お前の歩んできた人生なんてこれっぽっちも知らない。けどこれからは俺がいる。助けて欲しければその口でちゃんと言え」
俺がそう言えば、エヴァンは今にも泣きそうな顔で俺を見て言う。
「こんな絶望しかない世界から救い出してください」
やっと口にできたその言葉はとても辛く、重かった。
「必ず救い出す。エスポワールの名に誓ってな」
冷えきった、生を宿してるか不安になるほど白いエヴァンの手を取り、俺は誓う。
ザッ────。
エヴァンの手を取った瞬間、映像のようなものが俺の頭の中に流れてくる。
誰かの記憶とも言える映像。
翼を持った少女と鮮黄色の瞳を持った黒髪の少女が必死で、誰かから逃げている映像が俺の記憶を上書きするかのように、流れ続ける。
あれは誰だ、お前は誰だ。もう俺にはこれ以上映像を見せるな! そう言いたくても声の出し方を忘れたように、俺の口から声が出てこない。
いくら叫ぼうが、出る気配のない声。
どこか遠くの方で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ク……ロム……クロム」
その声でハッと意識を取り戻す。
あれはなんだったのか、そしてエヴァンとどんな関係があるのだと思いながらもエヴァンへと目線を移した。
「どうしたの?クロム」
「いや、考え事だ。それよりどうした?」
そう問いかければ、エヴァンは少し遠くの方を指さし、村が。と一言。
「村?それがどうしたんだ」
俺はエヴァンが指さす村へと目を向けた。
そこには確かに村があった。
雑草も至る所に生え、家畜の数も少ない見た目からして貧相な村がそこにあった。
エヴァンは俺の袖をギュッと優しく握ると、話を続ける。
「魔女狩りって言ってた」
まさかと思い俺は辺りを見渡した。
随分と歩いたようで俺達が立っている場所は元々はエスポワールが管理していたフィエルテ帝国の領土だった。
「魔女狩り……エヴァン俺を見ろ」
「はい」
「神魔法、奇妙な水」
水がエヴァンの顔を包むと瞬時に、エヴァンの瞳の色を鮮黄色から青へと変えた。
「何をしたの」
「一時的に瞳の色を変えたんだ」
「水で?」
「海と同じ原理でな」
エヴァンは相変わらず頭の上にハテナを浮かべおれを見るが、彼女に説明している暇などなく、俺は村を見た。
村人は慌てたように、住民に知らせる為か大声で何かを叫ぶ。
「魔女狩りだ」
「また帝国が来たぞ」
魔女狩り。
魔法帝国フィエルテは女性が魔法を使うことを禁じている国のひとつ。
エスポワール亡き今、帝国の意見を尊重する国も多くなってしまった。
帝国は魔法具を使わなければ魔法を使えない女性を哀れだと思う反面、神に逆らうものとし神に変わって処罰を下している。
それが魔女狩りだ。
けれど最近は貴族の女性も魔法具を使用し、魔法を使っている。
帝国は身分の高い者の魔法使用に関しては見て見ぬふりをし、身分の低い農民などを処罰の対象としている。
「女性は魔法を使ったら殺されるの」
「魔法に飢えた国にだけな」
そういうと俺は村へと歩みを進めた。