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堕ちた神様は復讐を誓う  作者: 夜桜満
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第五話 悪夢

  気がつけば俺は暗い空間にいた。何も見えない、何も感じない、暗い無の空間に。

  けれど耳を澄ませばどこからともなく、誰かの泣く声が聞こえくる。


「誰かいるのか」

 

  暗く、何も見えない中で聴覚と嗅覚などの視覚以外の感覚を研ぎ澄ましながら俺は、誰とも分からない泣き声を頼りに足を進める。

 

  徐々に近づいているのか、泣き声が大きくなっていくが一向に泣いている人の気配を感じる事はできなかった。

  目を凝らしても完全な闇の中で俺以外の人間を確認することはできない。


  この空間には俺一人しかいないのでは。と疑いながらも泣く人に聞こえるように呼びかけた。


「誰かいるなら出てきてくれないか」


  俺のその呼びかけをするとさっきまで空間にうるさく響き渡っていた泣き声が止んだ。

  しかし、泣き声が止んだだけで応答する者は現れなかった。


  不思議に思いながら俺は、この空間に来る直前の事を思い出す為、ブツブツと独り言を呟く。


  そして俺は、エヴァンにある程度を説明し疲れを取るために眠りについた。ということを思い出した。


「ここは夢……か」


  夢だと気づくと俺は目を覚ますために、これは夢だ。今すぐ起きろ。と心の中で考えながら目を一度強くつぶる。

  いつもならその方法でコントロールができていたが、今回ばかりは違った。いくら目を強くつぶろうとも、夢だと自分に言い聞かせても夢から覚めることはなかった。


「こんなのは初めてだな」


  ため息をつきながらそんな事を言うと、ピタリと止んでいた泣き声が再びし出すと、徐々に大きくなっていく。

  あまりの泣き声の大きさに俺は咄嗟に両耳を押さえる。

  完全に聴覚を遮断するが、泣き声は脳内に直接響いてくる。


「うるさい! うるさい!! 黙れ!!!」

「お前はなんで……あの時に父様と母様を助けられなかったんだ」


  声のする方へ振り返ればエスポワールが滅亡した日の俺が目の前に立っていた。

  頭から血を流した十代の頃の俺が。


  俺は過去の俺の両肩を掴んだ。


「あの時の俺は……怖かったんだ。殺されるんじゃないかって」

「母様も父様も怖かったよ。けど、お前を守る為に死んだんだ」

「違う! あの人は俺なんかを守る為に死んだんじゃない!! わかってるだろお前も、あの人は俺を息子ではなく道具としてしか見てなかったんだよ」


  今にも泣きそうな顔で俺は俺自身にも言い聞かせるように言った。


「だから見殺しにしたんだ二人を。焼けていく二人を……助けを求めて手を差し伸べた母様を」


  クロム。と消えてしまいそうな声で、炎の中で俺を呼ぶ母を思い出す。

  俺には手を伸ばした母の姿は、助けを求めた人間とは違っていた。まるで俺に最後の最後で触れたい。そういう思いでさし伸ばされたものだと今でも信じている。


  何より、死ぬ直前母が言った言葉がそれを意味していた。

  私の可愛い息子。貴方をちゃんと守ってあげられなくてごめんなさい。それが母が俺に残した言葉だった。


  目の前の小さい頃の俺はそんな事実に気がついているのか、気づいていないのか分からない。けれど、あの記憶がある限り事実は変わらない。

 

「俺は母様だけでも救おうと思った」


  それが意味するのは、父様は見殺しという事だ。


  何よりも俺を道具として見ていたのは父様だった。


  神の力と光魔法を使える王子に対する国民の期待。父はそれに逆らうことなく応えた。

  まだ子供の俺を領土拡大の戦地へ送り、殺人鬼とする事で。


「この復讐は誰の為なんだ」


  目の前の俺は、俺の顔を見上げながらそう言う。

  その表情は無だった。


「この復讐は……」


  言葉が出てこなかった。簡単に考えずにただ、母と父、俺の母国を滅ぼしたから。と言えばいいのに、俺はそれが言えなかった。

  何故そんな簡単な事が言えないのか、その理由を俺は知っていた。


  記憶の中の父はどの国の王よりも偉大で、笑わない人だった。俺に向けられた顔はいつも決まって無表情。

  父に心から褒められた事などなかった。戦争に勝って帰ってきても、革命派の貴族の首を持ち帰っても、父は俺を褒めなかった。


  けど、母は違った。いつも母は戦地から帰ってきた俺を一番に迎え入れ、力の限り強く抱き締めてくれた。

  そして、いつも決まってごめんね。ごめんね。と呟いていた。

  それが俺に対しての謝罪なのかは今では分からずじまいだ。


  そうか、俺が復讐を考えたのは俺の心の支えだった母様を殺した奴を殺すためか……。


  なんて事を考え、俺は目の前の俺に向かって口を開く。


「俺は必ず復讐を果たす。エスポワールを滅ぼし、母を殺した帝国の皇帝、フェネクス・フィエルテの首を必ず持ってくる」

「やっとわかってくれたんだ。けどまだわかってないことがあるよ。君が最初に殺さないといけないのはこの俺だよ」


  そう言うと十代の頃の俺は、どこからともなく取り出してきた三又の槍(トライデント)を俺の前に投げた。

  カランカラン。と音を立てて転がったトライデントを持ち上げ俺は目の前の子供を見る。


「復讐を果たす為にはお前は本当の黒魔導士にならないとダメだよ。悲しみも、喜び、怒り以外の感情を捨てた神様に」


  さぁ、俺を殺せ。と言わんばかりに目の前の子供は俺を見ていた。


「誰がお前の言いなりになると思ってるんだ? お前は黙って俺に力を貸せよ海神(ポセイドン)


  目の前の俺は、俺の中の闇だ。神の力を使い続けた結果の俺だ。


「つまらないな。次ここに来る時にはこの俺を殺す決心がついた頃にしてくれよ。つまらない話ほど反吐が出るものはないからな」


  目の前のそれは、俺の手から三又の槍(トライデント)を奪い取ると、あろう事か自分の腹に突き刺した。


辺りに真っ赤な血と、吐き気を催す程の悪臭が漂う。


「いずれお前は俺になるんだ。それがお前らが望んだ結末だろ」


  血を吐き、口角を上げながら声を上げて笑っていた。

  不気味に空間に響き渡る笑い声が俺の聴覚を刺激する。


  早く目を覚ましたい。そう思った直後、俺の目の前には壊れた天井から見える、空が入ってきた。

  夢から覚めたんだ。


「朝か……胸糞悪い夢だ」


  重たい身体を無理やり起こし、ため息を吐くと俺はバケツに溜まっている水で顔をすすいだ。

  窓ガラスに映った自分の姿は王子の俺ではなく、黒魔導士の俺だった。

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