第四話 不老不死
俺らはエスポワールの城下町にある、あまり壊れていない家を今日の宿に決めた。誰だって焼け焦げた家で寝たくはないだろ。
「そういえばお前の言っていた能力とはなんだ?」
俺はさっき彼女が言っていた能力に関して質問をする。
彼女は俺の言葉を聞くなり、落ちていた鋭いガラスの破片でを拾い上げると、俺が予想もしてなかった行動をした。
鋭いガラスで彼女は自分の掌を斬り裂いたのだ。
飛び散る血と細々した肉片。見るからに傷口は深かった。
治癒魔法でも傷が塞がるかどうか分からないほど深い。
俺は少女の行動に驚きながらも、咄嗟に治癒魔法を使おうとするが、何故か彼女に止められた。
少女は、傷つけた掌を胸元へと持っていく。
その間も彼女の掌からは、ダラダラと大量の血が出ていた。
「何をしてるんだ。早く止めないと出血多量で……」
驚いていると、少女の傷口は眩しい光に包まれ、次第に塞がっていった。
それは俺ですら見たことのなかった魔法、いや、魔法では無い何かだった。
魔法には治癒魔法というものがある。しかし目の前のものはそれとは大分違う。
それに、掌には魔力の痕跡すらない。
驚きながらも俺は彼女に、傷が治ったわけを説明するように言った。
「今のは私の生まれながらにして持っている能力、ざっくり行ってしまえば、不老不死の力です」
「不老不死……物語の中でしか聞いたことがなかったが、こういうものなのか」
不気味に思いながらも俺は、彼女が自ら傷をつけた掌をジロジロと眺める。
「ところで貴方のお名前は」
今更ながらお互い自己紹介をしていないと言うことに気がつく。
「あ……俺はエスポワールの元王子、クロム・エスポワールだが、今はクロム・オールドと名乗ってる」
「クロム…………私の名前はエヴァン」
「それがお前の名か? いい名だな」
俺が不意に微笑みかければ、何故か彼女は頬を赤らめ、目線を逸らしてしまった。
なにか俺が悪いことを言ったのか。と心配になりながらも微かに震える彼女の身体に気がつき、俺は自分が羽織っていた黒いローブを彼女の肩にかける。
「今日は冷える。それでも着て暖を取れ」
「あ、ありがとう……ございます」
「ずっと独りだったのか?」
コクリと頷くエヴァン。
沈黙が続く中、エヴァンは俺にある質問をした。
「あの国は貴方の国なの?」
エスポワールの話をされ、俺は表情を少し暗くする。
けど、気づかれないように直ぐに表情を変え、素直に質問に答える。
「あぁ、俺の国だった」
「そう……」
「滅ぼされたんだ十年前に。俺は奇跡的に家臣や護衛兵等と一緒に国を出れたが、父や母は」
さっきあったばかりの彼女に何故か俺は信頼のような安心感を抱いていた。
まるで強大な敵を一緒に倒した仲間のように。俺は彼女を不思議なまでに信頼していた。
「辛かったわね」
エヴァンは優しく俺の頭を撫でた。まるで小さい子供をあやす様に優しく。
彼女の行動に俺は目を大きく開け、驚いたような表情をした。
そんな俺の表情にエヴァンはクスリと笑った。
その笑顔は今まで見た何よりも美しかった。
「私、初めてこんなに笑いました。まだ早いと思いますが、貴方と会えて良かったです」
初めて。という言葉が突っかかるが、それに関して口出しをすることなく、少し埃のか被ったソファーの埃をはらっていると、エヴァンはこの世界の事を聞いてきた。
エヴァンにこの国、いや周辺国の事を教える為に、綺麗になったソファーに腰を下ろし、俺の足元に置かれた水の入ったバケツに手を入れてた。
俺の腕は水の冷たさによって鳥肌がってしまった。
けど、俺はそんな事など気にせず、魔法の呪文を呟く。
「神魔法、海王神の貯蔵庫」
冷たい水から手を上げると、俺の手には真新しい世界地図があった。
「ただの水ですよね……それも魔法ですか?」
驚きのあまり、エヴァンはバケツの中の水を二度見して言った。
基本的に魔法に関する知識がないなエヴァンは。けれど魔法が使える……不思議なやつだ。なんてことを考えながら俺は軽くこの魔法の説明をする。
「ああ、簡単に言えば時間の概念がない倉庫みたいなもんだ」
「時間の概念がない……じゃあ、今日のご飯あるんですか!」
目をキラキラさせながら言うエヴァン。その表情からどれだけお腹が減っていたのかが分かる。
俺はまた水に手を突っ込み、二人分の食料を貯蔵庫から出し、腹を空かせているエヴァンに渡した。
「食べながら話そう」
そう言うとエヴァンはもぐもぐと食べ始めた。
まるでリスだな。
そう考えながらも、俺らが今いる大陸の地図をテーブルの上に広げ説明を始めた。
「まずこの世界には八カ国の国が存在してる。その一カ国一カ国に主となる魔法属性や意味があるんだ」
「じゃあ八個の魔法属性が存在するんですか?」
「いや、派生などで十三の属性が今は存在してる」
「多いですね」
じっ。と自分の手を見るエヴァは、自分が何属性に入るのかを考えているように見えた。
実際にエヴァンの魔法は人間の知能では扱えない神の魔法。神のみが許された魔法だ。
けれど死の魔法から派生した魔法は人間でも使えるように改良されていた。
その属性こそ、ミネールが使っていた闇だ。
「俺らが今いる大陸にある国を覚えておいてくれればいい」
「広いですね。この大陸に三カ国」
「俺の国のエスポワールは魔導士の未来と希望の国とも言われ、十年前はどの国よりも強くかった」
一瞬エヴァンの顔が暗くなったように感じた。
だが俺は見間違いだと思い込み、説明を続ける。
「エスポワールに隣接するのが、強さと誇りを象徴とする帝国フィエルテ。今の最強帝国だ。主とする属性は炎……」
この国にはいい思い出などひとつもなかった。ことある事に父様達に牙を向け、エスポワールが滅びた直後最強と名を挙げたのが、何よりも俺は気に食わなかった。
悔しさと苛立ちを抑えるように俺は下唇を噛み締めた。
力を込め過ぎたのか、口の中に少し鉄の味が広がった。
俺は我に戻り、エヴァンに説明の続きをし始めた。
「芸術と成長を象徴する国ナテュール。ナテュールはのフィエルテの西に位置し王族の扱う属性は自然だ。俺らは先ずこの国を目指す」
「この旅に目的があったんですか」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「滅亡した国の王子で放浪者?」
じとっと俺はエヴァンを睨む。
そんな目線を無視し、彼女は無数の星が浮かび上がった夜空を眺めていた。
彼女の横顔を見るなり、俺は明日の朝にここを出ることをエヴァンに伝えると浅い眠りについた。