第二話 魔法を使う少女
エスポワール城へ着くとクロムは自身の両親達が眠る聖地へと向かった。
手にはエスポワール国の国花ガーベラの花束を持って。
両親の墓へ着くと、無表情だったクロムの表情は悲しいような、悔しいような表情に変わった。
「父様、母様……滅亡から十年、あっという間でした。あの日誰が裏切ったのか俺はまだ探しています。必ずこの場に、その者の首を持って参ります。たとえそれが友だとしても」
そう言いながら花束を墓石へと捧げると、クロムは墓石の前に跪き、父や母、歴代国王に復讐を誓った。
ツーっと滴る涙を拭い、墓石から離れようとした時、庭園の方から数人の男の声が聞こえてきた。
「ここに人は来ないはず……なら、帝国の魔導兵。とうとうここにも来るようになったか」
フィエルテ帝国は黒魔導士が滅亡した国の王子、クロムだとは知らずに彼らは魔導兵を各国に送り込み、血眼になって探し回っている。
クロムの情報を持つものは拷問の末、殺されたという噂も流れるほど、彼らは手段を選ばず探していた。
そんな魔導兵だと思われるの者に見られないよう、物陰に隠れながら、クロムは声のした庭園へと向かった。
「こんな女が黒魔導士なわけねぇだろ。それよりも楽しもうや」
「けど、ここにいるってことは黒魔導士に関わりのあるやつだ」
「捕まえて吐かせるか」
案の定声の主は魔導兵だった。
真っ赤な帝国の鎧を身にまとった三人の男の中心に白髪の少女がいることにクロムは気がつく。
声を上げず、少女はその場でじっとしていた。
「このままじゃ彼女は死ぬ……けど、俺とは無関係。このままのうのうと彼女を救いに外に出ていけば最悪の場合もあるしな」
独り言をブツブツと呟くクロム。そんな彼の気配に気づく訳もなく、魔導兵はさらに少女に下品な言葉を投げる。
「黒魔導士の知ってる事を話せば痛くしねぇよ。むしろ気持ちよくしてやるよ」
「や、やめてください!」
近寄ってくる魔導兵に大きな声でそう言って、彼らから遠ざかろうと後ろずさりをするが、長身の魔導兵に手首を掴まれてしまった。
抵抗するように声を上げる少女。
「やっ! 離してください!! 誰なんですか貴方達は……!!」
「声まで可愛いじゃん! それに顔もべっぴんさんだしな」
けれど、女の力で鍛えられた魔導兵の腕を振り払うことは出来ず、彼女の抵抗する声に興奮した男はさらに彼女へと近づこうとしていた。
「私が黒魔導士を知っていても貴方達には絶対に話しません。いきなり現れ、女性の手首を掴む失礼な貴方達には」
まるで人が変わったように少女は言った。
威厳のある女王のような口調で。
「はぁ? 魔法が使えねぇ女が俺ら男に舐めた口聞くんじゃねぇよ!!」
「よせ!」
手首を掴んでいた長身の魔導兵は彼女の口調に腹を立てたのか、腰に指していた剣を抜くと女に向かって振り上げた。
「危ない!!」
少女に無関心だったクロムがそう叫びながら魔導兵に向かって魔法を放とうとした時、少女が閉じていた口を開け、ある言葉を放つ。
「三人まとめて闇に呑まれて……死ね————」
その言葉はある伝説の魔法の呪文だった。術者に敵意を向けるものが視界に入っていれば発動できる魔法。死の魔法。
それは冥界の主、ハデスが使っていたと言われる魔法。
それ以前にクロムは彼女が魔法を使っている事に対して凄く驚いていた。
この世界では女性は魔法が使えない。それは、かつて人間の親であるアダムとイヴが犯してしまった罪が深く関わっている。
けれど、クロムの目の前にいる少女は平気な顔をして魔法を使っていた。
確かに女性でも魔法を使う手段は存在しない訳では無い。魔導石や永久魔導石などを通してなら彼女達も魔法を扱うことが出来る。
しかし、白髪の彼女の魔法、死の魔法は魔導具では出すことが出来ない。
「うっ! なんだこの闇は!!」
「うぁぁあ!!」
「まだ……死にたくない!!」
三人の魔導兵は一瞬にして、黒い闇の渦に呑まれてしまった。
少女しか居なくなった状況で、クロムはただ魔法を使った少女を見ていることしか出来なかった。
何を思ったのかクロムは驚きながらも、座り込む少女の元へと駆け寄った。
そして、自分の名を名乗る前にクロムは白髪の少女の両肩を掴み、怒鳴り声に近い口調で彼自身が思う疑問点を問いかけた。
「何故、お前は魔法が使える!! 見るからに魔法具は身につけてないようだが……女は魔法が使えないはずなのに、なぜ」
少女は突然の事に驚きながらも、クロムの質問に対して頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「何故女性は魔法が使えないのですか」
質問に対して質問で返してくる少女にクロムは、ため息をはき、自分も状況を整理するために説明し始めようとした時、クロムは彼女のもう一つおかしな点に気がついてしまった。
それは、彼女の瞳がクロムと同じ鮮黄色の瞳だったということに。