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堕ちた神様は復讐を誓う  作者: 夜桜満
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第一話 黒魔導士

数ある作品の中から読んでくださりありがとうございます。


  かつて最強だと謳われた魔法王国エスポワールは隣接する魔法帝国フィエルテによって十年前に滅ぼされた。

  長きに渡る魔法による戦いに終止符が打たれ、世界は平和へと一歩近づき、民衆は安堵する。


  けれど魔法帝国フィエルテはそんな民衆の期待とは裏腹に、完全なる魔法主義国家へと歩みを進めてしまった。


  国を導くべき皇帝は欲望のままに神の力を求め、民衆を守るべき魔導兵は力を求めた。

  力のない者には罰を。魔法を使う女には死を。


  かつて誇り高き帝国と他国からも賞され、高貴に満ちていたフィエルテはもうどこにもなかった。

 

  民衆にとって魔法帝国はもう安心して暮らせる場所ではない。

  魔導兵に逆らえば命はない。そんな暗く、恐怖に怯える日々に民衆達は安らぎを求めるが、どの国よりもここが安全だと知っている彼らは国を捨てることは出来なかった。


  たとえそれが恐怖と力で支配された国だろうが。




  ここは魔導士の強さと誇りを象徴する帝国、フィエルテのお尋ね者達が集まる酒場。


  夜になると同時にお尋ね者達が酒場に集い、飲めや歌えや、喧嘩だの。毎日がお祭りのように騒いでいた。

  しかし今日は妙な事に、酒場には客が三人しかおらず、陰気な雰囲気が店中に漂っていた。


  ある酔っ払った客が隣で酒を飲む友人らしき人の肩を掴み、ある話題を取り上げる。


「あの魔法王国エスポワールが滅んで十年……最強の座はフィエルテの物になったわけだが、平和どころかむしろ争いの日々になってよ」

「まあまあ、フィエルテの魔導兵は皇帝の命令であの噂の、黒の魔導士を生け捕りにするために警備強化をしてるしな」


  酒を飲みながら男二人はこの国の今の現状を話していく。


  男はラム酒の入ったグラスを手に持ち、口へ運ぶ。

  グイッと男はグラスいっぱいに注ぎ込まれたラム酒を一気に飲み干し、話を続けた。

 

「黒の魔導士がエスポワールの王子だって噂もあるしな」

「黒い噂なんかどの国にもあるだろ」


  ドンッと、話を続けていた男達のテーブルに勢いよく、ビールのつまみの料理が置かれた。

  置いたのは他でもない。この酒場の亭主である、中性的な顔立ちと桃色の腰の高さまである髪の毛が特徴のミネールだった。


  驚く男二人を見ながら、ミネールはさらに追加のラム酒が入ったジョッキをテーブルに置く。


「そんな物騒な話してないで呑んだ呑んだ! 今日は客が少ないんだから、お前らが呑んでもらわないと赤字になっちゃうぞ」

「そんなこと言ってもよー」

「てか、他の奴らはどうしたんだ?」


  キョロキョロと店を見渡しながら立派な顎髭の生えた、ケスが言う。

  その言葉に対して少し笑いながらミネールは、カウンター席の端に腰を下ろす黒髪の青年をチラリと見て答えた。


「さぁ、みんな消されちゃったんじゃないかな?」

「消されたぁ!? まさか魔導兵にか?」

「そんなの知らないよ。それより、追加注文どうする?」


  酒の入った瓶をケス押し付けながらミネールは、にっこりと笑みを浮かべ言った。

  ケスはその積極的な営業から逃げるように、カウンター席に座っている青年の方へと向かい、隣のカウンター席に腰を下ろした。


  青年は隣に移動してきたケスなど気にも留めずに、グラスいっぱいに満たされたワインを飲んでいた。

 

「お兄さんも一緒に呑もうや。今日は客が俺らしかいねぇからよ」


  だが、ケスの言葉に青年は反応を示さなかった。


「聞こえてねぇのか?」


  ケスが青年の肩に手を優しく当てると同時に青年は机に強く頭をぶつけてしまった。


  死んだように倒れた青年を心配してなのか、ケスが顔を覗き込むと黒髪の青年の顔は真っ赤に染っていた。

  酔っ払っているようだ。


「あ、その人酒弱いんだよ。まったく……この時期になるといつも弱いのに酒飲むんだよねー」


  ミネールがそうブツブツと文句を言いながら、青年の両方のこめかみを優しく触り、静かに魔法を唱える。


「黒魔法、皇女の癒し」


  そう唱えるとミネールの手が黒く、不気味に光ると、黒髪の青年は何も無かったかのようにカウンター席に座り直した。


「ミネール、あんた黒魔法の使いなんだなー」

「当然。だからお尋ね者の酒場の亭主なんだよ。この国では黒魔法は禁止されてるからさ」


  ミネールが会話をしているのをいい事に、青年はテーブルの上にあるワインの入ったグラスに手を伸ばすが、それはミネールによって阻止されてしまう。

  取り上げられたグラスを青年は手で追うと、ミネールが口を開いた。


「今日はもうダメですよ。皇女の癒しは連続使用できないんですから」

「…………別にいいだろ。お前には関係ないんだから」

「関係ありますよ」

「ミネールの知り合いなのか?」


  寂しかったのか、ケスの友人、コットもカウンターの席に移動して来た。

  コットはマジマジと青年の顔を見て、ミネールにそう聞いた。


「昔からの知り合いですよ」

「へーって、あんたその瞳……初めて見たなー鮮黄色(せんおうしょく)の瞳」


  ケスは青年の瞳をマジマジと好奇心の眼差しを向けながら、鮮黄色の瞳と呼ばれる青年の瞳を見ていた。


「えぇ!? この国でも皇帝しか確認されていない鮮黄色の瞳!? 」


  驚くケスを黙って見つめる鮮黄色の瞳を持つ青年。


「って言っても名前だけ知ってるんだよな。どんな意味があるんだ?」


  青年がクスリと笑うと丁寧にケス達に、何故鮮黄色の瞳が凄いと言われているのか、その理由を話し始める。


「鮮黄色の瞳はどんな瞳よりも魔力が高く、魔法の性能も高い人だけが持つ瞳だ。逆に魔力、性能が低い人は黒色の瞳や茶色。と大体は瞳の色でわかるんだ」

「へぇ……じゃあ、あんたも名の知れた魔導士なのか?」


  青年はミネールと見つめ合い、二人して笑った。

  そして青年は自分の名前を言い放った。


「あんたらもよく知ってる名だ。俺の名前は、クロム・エスポワール。今はクロム・オールドと名乗ってる」


  その名にケスとコットは、声にならない驚き声を上げ、一気に酒の酔いが覚めたようだった。

  そう、青年はあの滅亡したエスポワールの王子であり、魔導士兵が追っている黒魔導士でもあったのだ。


「お尋ね者にも限度ってのがあるだろ、兄ちゃん」

「噂とは違って見た目は怖くないんだな」

「クロム様は今、魔法で顔の傷を隠していますからね」


  ミネールがそうクロムに微笑みかければ、クロムは気がついたように、自分の顔にかけた魔法を解いた。


  魔法が解けた顔は、先程とは変わらず輝く鮮黄色の瞳、整った顔立ち。そして先程はなかった顔を横断する鼻の刀傷、右目辺りにある火傷の痕。

  見ているだけでも痛々しかった。そしてそれが彼の歩んできた人生の厳しさを表していた。


  先程までうるさかったケス達は、そんなクロムほ傷を見たせいなのか、一瞬にして黙ってしまった。

 

  数秒の沈黙を破ったのはコットだった。


「その傷は国の滅亡の時のか?」

「あぁ……それよりも随分と長居したな。ミネール後は頼む」


  クロムがそう言うとミネールは渋々席から立ち上がり、ため息をつきながらケスとコットの目の前に手をかざし、魔法を使った。


「黒魔法、皇女の誘惑」


  その魔法を使うと、酒場中に甘い香りが充満した。

  クロムはその香りを嗅がないように、黒いコートの袖で口元を塞いだ。


  二人はその香りを嗅ぎ、あっという間に眠りに落ちてしまった。


「この人達、どうします? 殺しますか」

「いや、ここ最近人を殺しすぎた。ひとまずお前の黒魔法で俺に関する記憶だけを消せ」

「それならお易い御用です。それよりも、何故瞳の色は変えないんですか。それもクロム様という手がかりの一つですよ」


  クロムは席から立ち上がり、暗い顔をしながらミネールの質問に答えた。


「この瞳はエスポワールの初代国王が最初に発生させた瞳、エスポワール王国の象徴だ。これは王族、王子であるという証明でもあるからな」

「クロム王子……ほんと変わりませんね。小さい頃からそういう所は」

「もう子供じゃない」

「わかってますよ。国王様と王妃様によろしくお伝えください」


  ミネールは深々とお辞儀をし、酒場から立ち去るクロムの背中を見送った。

  クロムの背中は随分と寂しげに見えた。


  外へ出れば肌寒い夜風が吹いていた。

  クロムは少し身体を震わせ、滅亡した国、エスポワールのある方角へと歩みを急いだ。


「今日も夜風が冷たいな」


  息を吐けば、白く染まり、さらにクロムの身体の体温を低くした。

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