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「ヤマト~会いたかったよ~!」


 ぎゅうっと強く抱きしめると、ヤマトは器用に身体を動かして脱出マジックショーのようにするりと私の腕を抜け出した。……酷い。ちゃんとした飼い主が出来たからなのか、私に対する態度が冷たくなった気がする。


 ヤマトをじっと見つめるが、奴は早くしろと急かすように首を掻く。ポケットの中に手紙を預かってきたのだろうか。やはりというか何というか……飼い主は随分真面目な性格のようだ。


 私は思わずしかめっ面を晒す。ええ……私あんたの飼い主ちょっと苦手なんだけど。だからその持って来た手紙も、出来れば読みたくないんだけど。


「ニャア!」

「……はぁ。わかったわよ」


 私は仕方なく手紙を開いた。




 Rさんへ

 確かに関係なかったかもしれません。ですが

 僕がこうして拾ってしまった以上、もう無関

 係だとは言えないと思います。

 僕もこんな事言いたくありませんが、いらな

 くなったものだからといって他人に迷惑をか

 けるような捨て方はやめた方が良いと思いま

 す。下手すれば不法投棄ですし。

 捨てるならご自分でどうぞ。それまであの指

 輪はこちらで預かっておきますので。

 それと、黒田はRさんが飼っている猫なんで

 すか? 首輪も何も付けてなかったから野良

 猫だと思って僕が飼う事にしたんですが……

 。もし飼い猫だったのならごめんなさい。




 メモには昨日と同じく綺麗な文字が並んでいた。これまた内容も昨日と同じく正論なのが腹立たしい。だから見たくなかったのに。


 ヤマトを睨むように見てみるが奴はどこ吹く風でこちらを見ようともしない。……やっぱり冷たい気がする。




 それはどうもご迷惑おかけしてすみませんで

 した。

 重ね重ね申し訳ありませんが、それはあなた

 の手で処分して頂けませんか? 本当の本当

 に要らない物なの。見たくもないの。だから

 一思いに捨てて下さい。

 それと、うちのマンションはペット禁止だか

 らヤマトを飼いたくても飼えないの!!!!




 首輪のポケットにその紙を入れるとヤマトは満足そうに目を細めた。もうすっかり郵便業が板についている。


 どうやらヤマトはだいぶ張り切っているようで、その後も数回手紙を持って家にやって来た。今まで一日のうちに何度も来ることなんてなかったのに。会えるのは嬉しいけれど、なんとなく腑に落ちない。




 Rさんへ

 最初に好きなように扱って良いと言ったのは

 そちらの方ですよ。

 つまりこの指輪をどう扱うかは僕の自由だ。

 大事なものだったんでしょ? それならやっ

 ぱりどんな理由があるにしろ自分でケリをつ

 けなくちゃ。だからそれまでこの指輪は預か

 っておきます。

 あ、飼い猫じゃないのか。じゃあ僕が飼って

 も何も問題はないんですね。良かった。

 黒田は僕が愛情たっぷりに育てますから安心

 して下さい。




 だからそれはもう大事じゃないんです!!

 捨てて良いの!! 何回言えばわかるのよ!

 それとその黒猫は黒田じゃなくてヤマト!!

 黒猫のヤマトなの!! あなたよりも私の方

 がヤマトとは長い付き合いなんだからね!!




 Rさんへ

 僕も何度も言いますが指輪は預かっておきま

 す。

 生憎ですが僕の中でこの黒猫の名前は黒田で

 決定しています。

 それに、僕の飼い猫なんだから命名権は僕に

 あるんじゃないですかね?




 ム カ ツ ク !




 私だってわかってるわよそんなこと! 正論なのがホントにムカつく。ああもう……これじゃ埒が明かないわ。



 私は自分を落ち着かせるように小さく深呼吸をする。


 ……いい加減この無意味な手紙交換に終止符を打たなきゃいけない。私は筆を執った。私から始めたんだし、終わりも私からでいいわよね。でもどうせなら言いたい事書いちゃおう。一つ、お願いしたい事もあるし。




 ご迷惑おかけしてすみませんでした。

 指輪の件はもうどうでもいいです。あなたの

 好きなようにして下さい。

 あと、これで手紙は最後にするので一つだけ

 私のお願いを聞いて下さい。

 この黒猫の事、どうか幸せにしてあげて。

 出来る限り可愛がって、出来る限り遊んであ

 げて下さい。愛情たっぷりに、大切に大切に

 育ててやって下さい。

 名前に関しては全然まったく納得いってない

 ですが、ヤマトを幸せにするって約束してく

 れるなら黒田でも良いです。あ、勿論私の中

 でヤマトはずっとヤマトですけど。

 それと、ヤマトが好きなキャットフードは金

 の王冠の美味三昧なので餌はそれをあげて下

 さい。きっと喜びます。

 ヤマトの事、どうかよろしくお願いします。

 では、長くなりましたがこれで。




「……よし!」


 首輪のポケットにしっかりと手紙を入れて、ヤマトの頭を数回撫でる。娘を嫁に出す父親の気持ちってこんな感じなのだろうか。……切ない。


 私はもう一度、ヤマトの頭を優しく撫でた。

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