6
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次に目が覚めた時には、外はもう暗闇に包まれていた。昨日の涙に加えたっぷりと睡眠をとったせいで瞼が重い。頭も痛いし、さすがにお腹も空いた。
買い物に行きたくてもこの顔じゃさすがに外は出歩けない。自分の顔が相当酷い事になっているのは鏡を見なくても十分過ぎるほどわかっている。ていうか怖くてとてもじゃないけど鏡なんて見られない。
とりあえず、仕事の合間のおやつ用にと鞄に入れておいたクッキーを口にする。これは行きつけの喫茶店で売っている手作りクッキーだ。一口かじると広がるバターの風味。……美味しい。しっとりとした食感と優しい甘さがじんわりと心にしみてくる。少しだけ元気が出た。
マナーモードにしていたスマホがぶるぶると震えた。画面を確認すると、着信はお母さんからだった。
「もしもし」
「あ、理央!? 良かったやっと出たー!」
お母さんの弾むような声が耳に飛び込んでくる。この口ぶりからすると何度か連絡をしていたらしい。ずっと寝てたし、マナーモードで音も出なかったからなぁ。
「ごめん。ちょっと疲れて寝てたわ」
「あら起こしちゃった?」
「ううん大丈夫」
「あんまり無理しちゃダメよ? あんたは昔から一人で抱え込んじゃうタイプだから……」
心配そうな声色に気付かないふりをして、私は話題を変える。
「で? どうしたの?」
「あっ、そうそう忘れるところだったわ! 来週ってあんた帰ってくるの?」
「……え?」
「彼氏よ彼氏! 来週あたり家に連れて行くからってあんた言ってたじゃない!」
「あー……そうだったっけ?」
「言ってたじゃない! 覚えてないの?」
「いや、あー……あの、あれね。うん」
私は歯切れの悪い曖昧な返事しか出来ない。そりゃあそうだろう。だってまさか挨拶の直前に彼氏の浮気が発覚してフラれて婚約破棄されましたなんて、そんなこと口が裂けても言えない。
「なに? もしかしてまた仕事で来れなくなった?」
「あー……まぁうん。そんな感じっていうか」
「あらそうなの? 残念ねぇ。じゃあ次いつ来るか決まったらまた連絡して。こっちも色々準備あるし、何よりお父さんに腹括っとけって言っとかなきゃなんないからさ! あははははは!」
「……は、はははは。わかった。決まったら連絡するね」
適当に相槌を打って電話を切った。通話を終えた途端、一気に押し寄せてくる虚しさと罪悪感。
どうしよう……困ったなぁ。やっぱりどう考えたって婚約破棄の話は言いにくい。私のなけなしのプライドというか意地というかそういうものもあるし、何より両親を悲しませたくない。暫くは黙っておいた方が良さそうだ。
はあ……これから家族全員に嘘をつかなくちゃならないなんて……考えただけで気が重い。ああもうっ! これも全部あのクソ野郎のせいだ!! 最低最悪!! ムカつく!!
もう、今日はなんでヤマト来ないのよ。お昼に一回来たから? それとも飼い主と楽しく遊んでるから? 飼い主が放してくれないの? ああ、だとしたらあの飼い主がますます憎い。
リモコンを操作して録り溜めておいたドラマをとりあえず流しておく。雑音があった方が少しは気が紛れるだろうし。
窓辺を気にして時折チラチラと視線を向けてみるものの、無機質な窓硝子はうんともすんとも言ってくれない。こんな時こそヤマトに癒してもらいたいのに。肉きゅうぷにぷにして柔らかい体毛にもふもふしたいのに。
待ってる時に限って来ないんだから、気まぐれなやつめ。
ネットで通販サイトを見たりゲームアプリをしてただひたすらに時間を潰す。たった一日で完全に昼夜逆転の生活になってしまった。月曜の朝ちゃんと起きれるか心配だ。
チュンチュンと鳥の囀りが聞こえ始めた頃、無機質な窓硝子がようやく音を発した。
「ヤマト!?」
バタバタと走って行き、急いで窓を開けてその愛らしい姿を確認する。私の勢いと形相に驚いたのか、ヤマトの体がびくりと震えた。