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 翌日の土曜日。


 私の心模様とは裏腹に外は腹立たしいほどの快晴である。お昼過ぎまでぐったりと寝ていた私の耳にガリガリという不快な音が響いた。ヤマトが来た合図だ。


 寝惚けたまま窓を開けると、そこには案の定黒猫の姿があった。


「あんた今日は随分早いわね」


 昼間は私が居ないことを知っているのか、ヤマトが来る時間は大抵日が暮れてからだ。この時間に来るのは実に珍しい。


「お昼ご飯食べに来たの?」


 ヤマトは何も言わずに尻尾を振った。顎をくすぐるように撫でると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


「……あれ?」


 そう言って私は首を傾げる。


 ヤマトの首輪が昨日と違うものになっていたのだ。色は同じ赤色なのだが、素材は布製になっていて、脇に小さなポケットのようなものが付いている。しかも、そのポケットの隙間からは紙きれのような何かが少しだけはみ出していた。


 飼い主の中にはペットが居なくなった時のためにICカードや名前を書いた紙を持ち歩かせる人がいるって何かのテレビで見た事があるけれど、もしかしたらその類いだろうか。だとしたらヤマトの飼い主は随分と過保護な人物らしい。


 ポケットを開けてその紙を取り出す。四つ折りに小さく畳まれた真っ白い紙を丁寧に広げると、ボールペンの黒いインクが目に入った。




 Rさんへ

 届くかわかりませんがあのメモを見付けたの

 で一応僕もメッセージを残します。

 貴方に何があったのか知りませんが、私物を

 捨てるのに猫を使うなんて感心出来ませんね

 。しかも首の間に挟むなんて、猫がもし怪我

 をしたらどうするんですか? 黒田も迷惑だ

 ったと思います。

 ちなみにあの指輪は僕がしっかりと預かって

 いますので安心して下さい。

 それと、安全性を考え黒田の首輪をポケット

 付きのものにしました。今後何か用がある時

 はこのポケットを使う事をおすすめします。




 紙面には、教科書に載っているようなやけに整った文字でこんな文章が書き連ねてあった。


 私は左右に目を動かして何度もその文章を読み返す。もしかして……これ、私が昨日書いたメモの返事だったりする? う、嘘でしょ?


 返事が来るなんてまさに青天の霹靂だ。だって、あんなメモ見付けたら気味悪がってすぐ捨てるでしょ、普通。あるいはまるっきり無視するとか。なのになんでこの人は律儀に返事なんて書いてくるわけ? ちょっと頭おかしいんじゃないの?


 ……いや、先に変な事した私が言える立場じゃないけどさ。


 私は軽く深呼吸をして、そのメモに再び目を通す。


 ……ってあれ? Rさんへ? Rさんって……なんでこの人私のイニシャル知ってるの? ま、まさかストーカー!?


 一瞬すごく焦ったけれど、よくよく考えたらその謎はすぐに解けた。


 メモに包んでおいたあの指輪は普通の指輪じゃない。エンゲージリングだ。〝dear R〟。内側にそうしっかりとイニシャルが刻んであったのを思い出す。今となっては立派な黒歴史だが、間違いない。この人はあれを見て私のイニシャルを知ったのだ。


 それよりもっと気になる事が一つ。



 ………………黒田って、何?



 ねぇ、まさかヤマトの事? ヤマトの事じゃないよね? 私のヤマトが黒田? もしや黒猫だから黒田とでも名付けたの? 何よその残念なネーミングセンス! しかも何? ヤマトが迷惑ですって? はぁ? 私とヤマトの仲を知らない癖に冗談じゃないわ! 大体なんで赤の他人にこんなに説教されなきゃならないわけ?


 えっ!? しかもこの首輪わざわざ買い換えたの!? マ、マジで? 何なのこの人馬鹿なの? 真面目なの? 意味わかんない!


 私はその紙を勢いよく床に置いた。……なんだかこの手紙を読んでいたら昨日の事やら何やら色んな事を思い出して苛々してきた。私は昨日と同じようにメモ用紙とペンを用意する。




 私の物をどう扱おうがあなたには関係のない

 事です。

 昨日も書きましたがその指輪は必要なくなっ

 たので破棄してくださって構いません。とい

 うか捨てて下さい。

 メモ用紙は猫が怪我しないように配慮して、

 角はちゃんと丸めました。

 黒猫が迷惑してると言っていましたがあなた

 にわかるの?私はその黒猫と付き合いが長い

 ので少なくともあなたよりは意思の疎通が出

 来てるし、気持ちも理解してると思います。

 それと!!その黒猫の名前はヤマト!!黒田

 じゃなくてヤマトだから!覚えておいて!




 感情のままに書き殴って折り畳むと、首輪のポケットにその紙を突っ込んでやった。手紙に書いてあった通りにするのはなんだか癪だけれど、私だってヤマトが怪我をするのは嫌なので仕方ない。


 私の複雑な心境なんて露知らず、ヤマトは任せろと言わんばかりにニャアと一声鳴くと、すぐにベランダを去って行った。後ろ姿がいつもより楽しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。


 やれやれ。ヤマトは郵便屋さんにでもなったつもりなのだろうか。だとしたら黒猫郵便ヤマトの誕生である。


 はーあ。今日は何もする気になれないし、ベッドに戻って一日中ゴロゴロしてようか。うん、そうしよう。


 もう何も考えたくなくて、私はゆっくり目を閉じた。

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