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 ヤマトが来ない。



 あの手紙を出して何日が過ぎただろう。十三……いや、ちょうど二週間だ。今までこんなにヤマトが来なかったことがあっただろうか。ううん、ない。首輪のポケットに手紙が入っていない時だって、ヤマトは餌を食べに家に来ていた。


 ベランダに置いておいた減らない餌を片付けながら溜息をつく。


 最初はよくある猫の気まぐれだと思った。数日ならまぁどこか違う場所をうろついてるのかな、ぐらいに考えられたのだが、それが五日、一週間と時間が経っていくうちに、だんだん心配になってきた。もしかして何かあったんじゃ……?


 気になったので「野良猫が突然来なくなった理由」をネットで調べてみると、保護された、保健所に連れて行かれた、事故にあった、などの検索結果が出てきた。首輪が付いているので保健所の線は薄いだろうけど、迷子猫として誰かに保護されている可能性はある。でももし……どこかで事故にあっていたら……不安は募る一方だ。

 Yさんの所にはちゃんと戻っているのだろうか。だったら安心なんだけど……。黒猫郵便(ヤマト)の他に連絡手段がないので、確認したくても出来ない事がもどかしい。今さらだけど、私たちの関係はいつ消えるか分からないロウソクの炎のように儚いものだったのだ。そうだよね、こんな関係普通じゃありえない。おかしいよね。それとも……私が手紙に変なこと書いたから、家に来ないように躾けられちゃったのかなぁ。


 私は溜息をついてクッションに顔を埋める。


 ……おかしいと言えば、最近橘さんの様子もおかしい。


 エスポワールで会うと今まで通り挨拶はする。でも、橘さんは何か言いたげにこちらを見ていると思えば気まずそうに目を逸らされ、どこかよそよそしい態度を取られるのだ。前はこんな事なかったのに、変だ。せっかくあの女の人の事は気にせず、今まで通りに接しようと気合を入れて行ったのに……モヤモヤする。


 何かに集中して気を紛らわせようとスマホを弄るが、頭の中はヤマトと橘さんのことでいっぱいだった。







 あれから更に一週間。ヤマトはまだ来ない。


 これは流石にヤバいんじゃないだろうか。もしYさんの所にも戻ってなかったらどうしよう。かなりお腹が空いてるはずだし、怪我や病気も心配だ。


 そろそろ本格的な捜索活動が必要なんじゃない? ……そうだよ。共同飼い主なんだから私にも探す権利はあるはずだ。ヤマトの写真はスマホにあるからそれを使ってチラシを作ってみんなに配って街中に貼って…… それでも見つからなかったらペット探偵に依頼しようかな。


「……り……さ……ん……理央さん!!」


 大声にハッと意識を戻すと、私の顔の前でひらひらと上下する手のひらが見えた。


 そうだ。遥香ちゃんと祥子さんに誘われてランチに来てたんだっけ。


「ぼぉーっとしちゃって大丈夫ですかぁ?」

「ごめんごめん。大丈夫」


 私が作り笑顔を浮かべて答えると、二人は顔を見合わせる。小さく頷くと、遥香ちゃんがおずおずと口を開いた。


「なんか理央さん、最近元気なくないですかぁ?」

「え?」

「前から思ってたんですよぉ。ね、祥子さん」

「……チッ」


 話を振られた祥子さんは私を見て舌打ちをするとぶっきらぼうに言い放った。


「あんたね、悩みがあるならさっさと言いなさいよ」

「その言い方ぁ! もう、祥子さんってば人一倍心配してるくせになんでそんな言い方しか出来ないんですかぁ! 不器用すぎてドン引きですぅ!」

「は、はぁ!? うっさいのよあんたは!!」


 確かにここ最近は黒崎さんやら橘さんやらの事を考えていたせいで仕事のミスも増え、散々だった。それに加えて、ヤマトが行方不明かもしれないという大問題。どうやら二人を心配させてしまったみたいだ。


「えっと、すみません」

「謝罪はいいから。ほら、吐きなさい」

「実は──」


 私はヤマトがいなくなった事を二人に話した。


「なるほどねぇ。あんたのお気に入り猫ちゃんが行方不明、と」

「……はい」

「知り合いの飼い主には連絡したの?」

「いえ、ちょっと連絡出来ない事情がありまして」

「は、何それ」


 祥子さんは怪訝そうに眉を潜める。


「……まぁいいわ。詳しくは聞かないでおく」

「すみません」

「写真あるならネットで拡散して情報提供してもらえば?」

「でも飼い主の許可が……」

「あー、そっか。飼い主といる可能性もあるわけね。ったく、その飼い主夜逃げでもしたんじゃないの?」


 チッと舌打ちをしながら溜息をつく。


「とりあえずあたしも探してみるわ。写真あるなら送ってくれる?」

「あ、はい」

「じゃあそれ送って。遥香も探すで……遥香?」


 私たちが視線を向けると、強張った顔で考え込んでいる遥香ちゃんの姿があった。その顔色は悪い。


「どうしたの、珍しく難しい顔して。明日大雨じゃない?」

「いえ……」

「もしかして何か心当たりが……?」


 その問いに遥香ちゃんの方がわかりやすくびくつく。


「こ、心当たりっていうか」

「なんでもいいの。もし知ってることがあるなら教えて、遥香ちゃん」


 悩むように視線をさまよわせると、やがて小さな声で話し出した。


「実は昨日の帰り……駅に行く途中で事故を見かけて。その……猫が、車に轢かれてたみたいで……」


 私はヒュッと息を呑んだ。


「怖かったし暗かったのでちゃんと見てないんですけど……すみません」


 顔色の悪い私を見ると、遥香ちゃんはあわあわしながら言葉を続けた。


「あっ、で、でも! その猫さんが理央さんの探してる猫さんとは限りませんし!! 色も黒かどうか分からないですし、大丈夫です!!」

「そうよ。猫は気まぐれだからふらっと戻ってくるかもしれないし」

「わたしも全力で探します!! ……無事に見つかるといいですね」

「……ありがとう」


 私は力なく微笑んだ。

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