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 黒崎さんに告白されてから、彼とはちょくちょく連絡を取り合うようになった。流れで一度ご飯を食べに行ったが、それ以外は変わりない。




 Yさんへ

 お久しぶりです。お手紙を書くのが遅くなっ

 てしまってすみません。

 突然こんな事聞くのもアレですが、Yさんは

 もし今まで恋愛対象として見ていなかった方

 から告白されたらどうしますか?




 色々と考え過ぎてパンク寸前になった私は、とりあえずYさんに聞いてみることにした。だって、遥香ちゃんや祥子さんに言ったら間違いなく朝まで酒付き事情聴取コースまっしぐらだもの。今はそんな体力も気力もない。ああ……もぐもぐと美味しそうに餌を食べるヤマトだけが癒しである。可愛い。ものすごく。


 いつものように首輪のポケットに手紙を入れながらふと思った。そういえば、黒崎さんの名前のイニシャルもYだったなぁ、なんて。






 注文した珈琲を一口飲んで、ほぅ、と息を吐き出した。すっきりとした苦味とほどよい酸味、上質な口当たりとナッツのような香りは、さすがコーヒーの王様と呼ばれるブルーマウンテンだ。白い皿に盛り付けられたチーズケーキも一口頂く。……うん、この酸味が珈琲と相性抜群。神。


 カウンター席で一人舌鼓を打っていると、エプロン姿の片桐さんが人当たりの良い笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「本日のオススメは気に入ってもらえたかな?」

「はい! すごく美味しいです。チーズケーキとの相性も最高で」

「それは良かった。タッチーにも言ってあげてよ。今来客中だけど、もうすぐ来ると思うから」


 慰労会の帰りに本人から許可をもらったので、エスポワールに来たら二人に声をかける事にした。というか、私が行くと片桐さんがすぐに橘さんに来店を伝えるらしいので、橘さんは顔を出さざるを得ないのだ。貴重な時間を削ってしまって申し訳ないなと思いつつ、二人と話す時間はとても楽しい。ちなみに、こんな風に気軽に会話をするのは他にお客さんがいない時だけだ。お客さんがいる時は挨拶程度で済ませているので、そこは心配ない。


 悩んでる時は甘いものが一番だな、なんてチーズケーキを食べ進めていると、ニヤリと目を細めた片桐さんが口を開いた。


「ところでさぁ、高瀬さんは()()()()しないの?」

「っ!?」


 あ、危うくチーズケーキを喉に詰まらせるところだった。片桐さんったらなんというタイムリーな話題を振ってくるんだろう。少しせて涙目になった私に片桐さんが大丈夫? と声をかける。カップに残っているブルマンを流し込みながらこくりと頷いた。


「プライベートなこと聞いちゃってごめんね。でも、この店で起きた事だからさ……ちょっと気になってて」


 申し訳なさそうに眉尻を下げた片桐さんを見て納得する。そうだよなぁ。橘さんが知ってたんだもん。そりゃ片桐さんだって知ってるはずよね。


「その節はお見苦しい所を見せしてしまって……すみませんでした」

「いやいや。立ち直ったみたいでよかったよ。泣き顔より笑顔の方が良いからね。そ・れ・よ・り!」


 片桐さんは笑みを深めると、揶揄うような口調で言った。


「そろそろ新しい恋の予定とかあるんじゃないの〜?」

「ははっ、そんな予定はないですよ」


 私の口からは自然と否定の言葉が出ていた。


「本当にないの? 心のスケジュールを埋めてくれる相手はすぐ近くにいると思うよ?」

「あははっ、面白い例えしますね。じゃあ、片桐さんはどうなんです?」

「僕? 僕は今のところコーヒーが恋人って感じかな!」


 なるほど上手い言い訳だ。おそらく、言い寄ってくるたくさんの女性に対してもこんな風にかわしているんだろう。そういえば、橘さんはどうなんだろう。彼女とかいるのかな。いてもいなくても言い寄ってくる女性はたくさんいるだろうけど、片桐さんと同じような理由で断りそうだなぁ。ただし、彼の場合は本気で言ってそうなイメージだけど。


「コーヒーが恋人ですか。なんか橘さんも似たようなこと言いそうですよね」

「タッチーは違うよ」

「え?」


 片桐さんは私の言葉を即座に否定する。こてんと首を傾げると、当たり前のように言った。


「だって、タッチーは長い片思いしてるから」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。長い……片思い? つまり橘さんには好きな女性がいるという事で……理解した瞬間、私の胸がズキリと痛んだ。何これ。なんか私、変だ。さっきまで美味しかったコーヒーもチーズケーキも全然味がしない。


「やだもうタッチーったらぁ!」

「……その呼び方やめろって言ってるだろ」


 タイミングが良いのか悪いのか厨房から橘さんが出てきた。その隣には見た事のない女の人が立っている。柔らかそうな茶色の髪を揺らし、楽しそうに笑うその人はとても美しかった。


「じゃあ完成したら連絡して! 取りに来るから!」

「……来なくていいのに」

「なんか言った?」

「別に何も」


 二人のやりとりを見るに、とても仲が良さそうだ。店を出る際、ひらひらと片桐さんに手を振った彼女は私にもぺこりと頭を下げた。私は去って行くその背中をしばらく眺めていた。


「来てたんだな」


 ハッとして顔を上げると、目の前にはコックコート姿の橘さんが立っていた。痛んだ胸がじくじくと熱を持ったように痛み出す。


「ああ、はい」

「……顔色悪いぞ。大丈夫か?」


 しかめっ面の橘さんが私の顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫です」

「本当か? 片桐(コイツ)に何かされたんじゃないのか?」

「ひどいなタッチー! 僕が高瀬さんに何かするわけないだろ?」


 私はさっき見た光景が頭から離れなくて、二人の軽口を聞いている余裕はなかった。


「すみません。私、今日はもう帰りますね」

「えっ!? 高瀬さん!?」


 驚いた様子の片桐さんを無視してお金を置くと、私は急いでエスポワールを出て行った。アスファルトを叩くヒールの速度をぐんぐんと上げる。自分でもよく分からないこの感情の名前を、私はまだ知るのが怖いのだ。





「オイ片桐」


 不自然に店を出て行った彼女の様子が気になって、片桐を睨む。


「お前……余計なこと言ってないだろうな?」

「余計なことは言ってないよ」

「本当か?」


 んー、と唸りながら考える素振りを見せると、意地の悪い笑顔を浮かべる。


「強いて言えば、タッチーはずっと片思いしてるっていう重要なことは言ったかな」

「……おっ前!」

「あ、ちょうど隣にアイツがいたし、もしかしたら勘違いしちゃったかもしれないね」

「ふざけんな!」


 それを余計なことと言わずになんて呼ぶんだよと怒り出す前に、片桐が溜息混じりで口を開いた。


「あのさぁ、お前もいい加減覚悟決めて全部言えば? じゃないとどっかの誰かに取られるよ?」


 俺の眉間には無意識のうちに力が入る。苦虫を噛みしめたような顔で「分かってるよ」と小さく答えることしか出来なかった。

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