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「こちらが今回の広告に使われる家具と食器です。駅前のビルに入ってるécranというアンティークショップはご存知ですか?」
「ああ。知ってる」
「今回はそちらからのご依頼なんです」
今日は昨日までとは違い、喫茶店の奥にあるスタッフルームに案内された。もちろん、関係者以外立ち入り禁止の秘密の場所だ。本格的な打ち合わせにはやはり静かなところの方が良いだろうと片桐さんが配慮してくれたのだ。
狭い室内、小さなテーブルを間に二人で向かい合って座っている現状は正直ちょっと気まずい。だって、橘さんは今日も不機嫌そうなんだもの。それに、私も昨日なんだか恥ずかしい事言っちゃったし……。でも、仕事中に私情は禁物だ。私は資料を捲りながら説明を続ける。
「コンセプトは〝幸せなひと時をあなたに〟です」
「……幸せなひと時」
「はい。春夏秋冬、季節ごとに食器が用意されているので、橘さんには計四つのスイーツを作っていただきたいんです」
「春夏秋冬で四つか」
机に写真を並べて腕組みをする。頭の中で構想を練っているのだろうか。ほんの少しだけ眉間に入れられた力が緩んだ気がする。やっぱり洋菓子を作るのが好きなのだろう。
「家族だったり恋人だったり、ちょっと特別な日にはécranの食器で幸せなひと時を、という狙いがあるらしいです。アンティークは高級品だっていうイメージがありますからね。そのイメージを打破して、一般市民の方々にも親しみを持ってもらいたいそうなんです」
「へ~え。じゃあ失恋から立ち直った記念に、ってのも有りなわけだ?」
振り向くと、片桐さんが入口にもたれ掛かって此方を見ていた。
「……まぁ、有りなんじゃないですか?」
「そっかそっか。うん、覚えておくよ」
やけに意味深な言い方だ。片桐さん、まさか私の事言ってるわけじゃないわよね? 今度は私の眉間にシワが寄る。
「ああでもこの場合、新しい恋の始まりを祝って〜とかの方がいいのかなあ ? ねぇ、タッチー?」
「……俺に聞くなよ。あとその変な呼び方やめろ」
橘さんの機嫌が悪くならないうちにと私は慌てて話を進める。
「スイーツの種類は特に指定されていませんので、自由に作っていいと思います」
「分かりました」
「撮影は二週間後になりますから、出来れば三日前ぐらいには完成させてもらえると助かります」
「分かりました」
「少ない時間ですがよろしくお願いします。他に何か聞きたいことはありませんか?」
机に並んだ写真を一枚取り上げて、私の前に差し出した。
「これ、実物は見れないのか?」
「連絡して担当者に聞いてみますね。さすがに全部は無理だと思いますが、許可が下りればお持ちします」
「そうしてくれると助かる」
ピーピー、というオーブンの音が鳴り響いた。きっとお店に出すお菓子か何かを焼いていたのだろう。忙しいだろうにこんな仕事を押し付けてしまって今更ながら申し訳なさを感じる。
「あの……橘さん」
「なんだ?」
「今更ですけど、無理なお願いを引き受けて下さってありがとうございました」
「……別に気にしなくていい。菓子作りは趣味みたいなもんだし」
橘さんは資料を片付けながら言った。
「それに、そういうのは俺がちゃんと責務を全うしてから言った方がいいぞ。いつ裏切られるかわかんないだろーが」
「いえ。橘さんは最後まで責任を持ってやってくれるって信じてますから」
「……あっそ」
彼はぐっと眉を寄せて顎に手を当てると、そのまま厨房へと消えていった。私また何か気に障るような事言っちゃったんだろうか。でも、片桐さんは楽しそうにニコニコ笑ってるし……謎だ。




