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「う~ん……私にはちょっと心当たりないですねぇ。パティシエさんと仕事した事ないですしぃ」
「そっか……」
「でも誰かそんな感じの人がいないか知り合いに聞いてみますね」
「うん。そうしてくれると助かる」
「ただいまー……ってなになに? みんな集まって深刻そうな顔して。なんかトラブルでも起きた? 藤堂だったらザマァみろ!!」
打ち合わせから戻った祥子さんの開口一番がこれだ。社長に向かって堂々と暴言を吐ける彼女の度胸はある意味尊敬に値する。あれは一体どこから来ているのだろう。
「あ、祥子さんおかえりなさぁーい! なんかぁ、パティシエの方が見付からないそうなんですぅ」
遥香ちゃんが簡潔すぎるほど簡潔に説明をする。
「は? パティシエ? 洋菓子屋の広告でもやるの?」
「違いますよぉ。écranです。écranの食器に合うお菓子を探してるんですぅ」
「へぇ、そうなんだ。あ、それならなんでも出来ちゃう藤堂社長自らがお作りになったらいかがです?」
「ああ、うん。最悪そうしようかと思ってる。昔パリで修行した経験があるから」
「チッ! 嫌味の通じない奴め!!」
祥子さんが盛大な舌打ちを鳴らした。ていうかパリで修行した経験が有るって……社長って何者?
「パティシエが多く働いてる場所といえば洋菓子店以外だとカフェやホテル、あとはブライダル関連か。祥子、ブライダル会社に知り合いは…………ああ、いないか。プライベートでなんて専ら関係ないだろうし」
「ちょっとあんた喧嘩売ってんの? 迷わず買うわよ訴えるわよ」
「喧嘩なんか売ってるつもりは毛頭ないよ。訴えるならご自由に。で? 誰か心当たりのある人はいるのかい?」
「…………り、理央は誰かいないの?」
祥子さんは誤魔化すように私に話題を振ってきた。社長の反撃恐るべし。
「私ですか? ええと……どうでしょう」
私だってブライダル会社に知り合いはいない。してたのはあくまで婚約だけで、具体的な事は何一つしていなかったから。……って社長のせいで思い出したくもない事を思い出しちゃったじゃないの! とんだとばっちりである。
「やっぱりいないよなぁ~。思わず目を奪われるような、心に残るようなスイーツ。食べるだけじゃなく盛り付けるのも楽しくなるスイーツ。そんなの作れる人なんて……。今回頼んだ人もさ、結構有名なパティシエだったんだよ? 出来栄えも素晴らしかったし。それでもダメだって言われて、他に見せたスイーツも全部却下されて……困っちゃうよなぁ〜」
嶋田さんが再び頭を抱え出した。
思わず目を奪われる、人の心に残るようなスイーツ。食べるだけじゃなく、盛り付けるのも楽しくなるスイーツ。……うーん。確かに無理難題だけど、前にどこかで感じた事があるような気がする。だけど……どこで?
私はシワの少ない脳を精一杯使って思い出そうと目を瞑る。頑張れ海馬、繋がれシナプス。
最近記憶力が衰えてきたのか、思い出すのに随分と時間がかかるようになってしまった。こないだ店長さんに会った時もそうだったし。年齢のせいかしら? いやいやまだ二十代だものまさかそんなわけ…………ん? 店長さん?
「…………あっ!」
思い出した! エスポワールのショーケース!!
あそこにはいつもその日のオススメケーキと焼き菓子が飾られている。こないだ行った時も足を止めて見入ったくらいなのに、すっかり忘れていた。きっと封印したい記憶があの場所にあったからだろう。断じて年齢のせいではない。
丁寧に作られたケーキや焼き菓子はどれも美しく、味も良い。ショーケースの中はまるで宝石箱みたいだなぁなんて思いながら行くたび覗いていたのは他でもないこの私だ。思わず注文したくなる印象的なスイーツ。見た目も味も間違いないし、これ、もしかして条件に当てはまるんじゃないの?
泥砂の中から一粒の砂金を見付けたような気分である。
「何!? 理央ちゃんもしかして心当たりあるの!?」
私の小さな小さな呟きに嶋田さんが光の早さで飛び付いてきた。その気迫に若干引いて……いや、驚いてしまい、私は一歩後ずさる。
「こ、心当たりっていうか……よく行く喫茶店のケーキが美味しくて。ショーケースに並んでるケーキもスイーツもとっても綺麗で、私、いつもお店に行くたび見てたなぁって思い出したんです。テイクアウトもやっててよく買うんですけど……あ、前に皆さんに配ったこともあって」
「もしかして白いバニラ生地とピンクのストロベリー生地の二色を使ったチェック柄の変わったパウンドケーキ? しっとりした食感で甘さもちょうどよかったあのパウンドケーキ?」
「はい、そうですけ」
言い切る前に、突然がしりと両肩を掴まれた。痛みを感じるほどの強い力である。てゆーか顔! 顔近い!
「理央ちゃん!!」
「は、はいっ!?」
「そのお店にすぐ連絡して! そのスイーツ作った人教えてもらって!! 今すぐに!!」
虚ろだった嶋田さんの目が生き返ったようにギラギラと燃えている。どうやら私に選択の余地はないらしい。怖いぐらいの気迫に負けて、私は静かに頷いた。
 




