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イケメン店長さんとの遭遇から二日。
エスポワールにはまだ行けていない。いや……行こうとは思っている。でもまだ決心がつかないのだ。
「あっ! 理央さんそれ付けてくれたんですねぇ! 嬉しーい!」
遥香ちゃんの指の先には私の通勤用の鞄があった。黒猫のバッグチャームが目に入る。ああ、これの事か。
「うん。可愛かったし、遥香ちゃんから貰って嬉しかったから」
「り、理央さん!」
遥香ちゃんは何故か感動したように両手で口元を覆う。
「それにしても、猫ちゃんのこと本当に好きなんですねぇ」
「猫は私の癒しよ」
そんな話をしていると、ガチャリと会議室のドアが開く音がした。
「では、次の打ち合わせまでには必ずお願いしますよ」
「……はい。なんとか善処致します」
中からゾロゾロと人が出てくる。その中で一際目立ったのが身長の高い金髪の男性だった。スタイルが良いのでスーツの着こなしが半端ない。ついつい見とれていると後ろに黒崎さんの姿を見付けた。どうやら今日はécranとの会議だったらしい。黒崎さんが外人さんと何やら話をしている。あれは何語だろう、フランス語かな?
「りりり理央さん見てください、超絶イケメンの外国人ですよ!! 超絶イケメンの!!」
声はひそめているが遥香ちゃんは興奮気味である。
「わぁ~、私あんなに綺麗な金髪見たの初めてですぅ!」
「私も。根元まで綺麗な金色って凄いわね」
「彼の名前ピエールですよ! だってピエールって顔してますもん! イケメン!」
……その根拠のない自信は一体どこからくるのだろうか。
ピエール(仮)にもう一度視線を向けると、予想外に黒崎さんと目が合った。爽やかな笑みと共にひらひらと手を振られたので、とりあえず会釈をしておいた。
「ほら、やっぱり黒崎さん理央さんに気があるんですよぉ」
「またそんな事言って。冗談はやめてよね」
「あ、もしや理央さんのタイプじゃない?」
「そういうんじゃないってば」
「ええ~黒崎さんハイスペックじゃないですかぁ。今だってフランス語だかイタリア語だかわかんないですけどペラペラだったし。理央さん理想高すぎじゃないですかぁ?」
「だからそんなんじゃないんだって何度言ったら、」
「あああああああああああ! …………どうしよう」
遥香ちゃんと私の会話を遮るように、嶋田さんの悲痛な声が聞こえてきた。見れば、自分のデスクで頭を抱える嶋田さんの姿があった。藤堂社長も難しい顔をしている。会議で何かあったのだろうか。
「お二人ともそんな顔してどうしたんですかぁ? 打ち合わせで問題でも発生しました?」
「うん……大問題だよ」
抱えていた頭をのろのろと上げて、嶋田さんは私達を見上げた。うわ、目の焦点が合ってない。……大丈夫だろうか。
「…………スイーツが」
「スイーツ?」
「…………イメージに合うスイーツが、ないって」
「え? スイーツがない?」
突然スイーツ連呼って。会議室で女子会でもしていたのだろうか。私の疑問に答えるように、社長がすかさず補足を加える。
「先方のイメージに合ったスイーツを作れるパティシエがいなくてね。ちょっと困ってるんだ」
眉尻を下げたまま、困ったように社長は続けた。
「今回、écranは食器の広告を希望してるんだ。春夏秋冬それぞれの季節に合わせたスイーツを乗せた食器。その四枚の写真を使って広告を作ってほしいというのが依頼だ」
「なるほど。アンティークにスイーツってなんかオシャレですもんねぇ」
「それで今日、用意したパティシエのスイーツを見てもらったんだけど〝違う、ダメだ、これじゃない〟の一点張りでね。さっきのフランス人いるだろ?」
「ピエール!!」
「ピエール?」
遥香ちゃんの大声に、嶋田さんと社長が首を傾げる。
「……社長、気にせず続けて下さい」
「ああ、うん。とにかく彼が納得するスイーツを用意しなければ話が進まないんだ。écranのフランスにある仕入れ先の責任者らしいから、やっぱり相当なこだわりがあるみたいでね。食品サンプルなんかは言語道断。有名パティシエのスイーツにも容赦なくダメ出し。さすがに参っちゃって」
今の説明でようやく理解した。それは結構大変な事態じゃないの。嶋田さんがあんな風に憔悴気味になってしまうのも頷ける。
「誰か心当たりある人いない? 有名じゃなくていいんだ。彼の納得いくモノを作れればそれで……。こう、丁寧な作りで印象に残るっていうか、思わず目を奪われるっていうか、歩いてる人がふと足を止めて見入っちゃうような、見た目も味も楽しめるそんなスイーツを作れる人!!」
嶋田さんが急に立ち上がって熱く語り出すが、説明が抽象的すぎてそれこそイメージが浮かばない。