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 今日は定時で上がれたので、帰りに近所のスーパーに寄って食料の買い出しをする事にした。そろそろ冷蔵庫もピンチだし、ヤマトの餌も買い置きしておかなければならない。


 カートにかごを乗せて店内をぐるぐると歩き回る。そうだ、今日の夕食は何にしよう。お惣菜半額だし、簡単だからおかずだけ買って帰ろうかなぁ。……手抜きとか女子力低いとかいう声は聞こえないふりだ。


「……あれ?」


 専業主婦のようにお惣菜コーナーでじっくり吟味していると、背後から男性の声がしたので振り返る。


「あ、やっぱり」

「えっ?」


 振り向いた先には知らない男の人が立っていた。白いワイシャツに、スラリと伸びた長い足が引き立つスキニーを履いている。柔らかな茶色い髪が似合う端整な顔立ちのその人にじっと見つめられ、随分と居心地が悪い。


「あ、あの……?」


 私が怪訝そうな声を出すと、目の前の男性ははっとしたように肩をびくつかせる。


「ああ、いきなりすみません! つい声を掛けてしまいましたが怪しい者ではないです! 断じて!」


 男性は慌てたように違う違うと両手を胸の前で振り出した。え、何この人めっちゃ怪しい。私は訝しげな視線を強める。


「やっぱり覚えてないですよねぇ……」


 困ったように笑いながら男性は自分の後頭部を掻いた。……そう言われてみれば何処かで見た事があるような気がする。でも、一体何処で? しばらく考えてみるがなかなか思い出せない。ううん……取れそうで取れないUFOキャッチャーのようにもどかしい。


「路地裏にある喫茶店の……」

「あっ……ああ!! エスポワールの店員さん!!」


 そのヒントでようやく思出だす。そうだそうだ! この綺麗な顔はエスポワールの店員さんだ! いつも身に付けている黒いエプロンがなかったから気付かなかったけど間違いない。これで無事に景品ゲットである。スッキリした。


 私が大きな声を出して指を差すと、彼は照れたように笑いながら言った。


「一応店長なんですけどね」

「ええっ!? す、すみません。お若いのでてっきり店員さんかと……」

「はは、お気になさらずに」


 いつも居る人だなぁとは思っていたけど、まさか店長だったとは……。若いのに店長だなんて凄いなぁ。


「あれ? 今日お店の方は休みなんですか?」

「いえいえ、お店は通常通りやってますよ。この近くに珍しい茶葉を扱うお店があるって聞いてちょっと視察に来たんです」


 なるほど。それでこの時間にこの場所にいるのか。一人納得していると、私を見つめる視線に気が付いた。目が合うと、眉根を下げた寂しそうな顔で口を開く。


「最近お店に来てませんよね」


 ギクリと肩が上下する。責められているわけではないのに、何故か焦ってしまった。


「お客様なプライベートに口を挟むのはタブーだと分かっているのですが……どうしても気になって」

「……よくわかりましたね。私があのお店の客だって」

「もちろん。常連さんの顔は覚えてますよ。美人さんは特にね」


 歯の浮くような台詞をさらりと言われ、頬がじんわりと熱を持つ。勿論リップサービスなのは百も承知だ。それにしても、接客業の人はみんな記憶力が良いのだろうか。でも店長さんだし、それくらいのスキルがなきゃダメなんだろうな。


「何かあったんですか? それともうちの接客に問題が……?」

「そ、そんな! 問題なんてありませんよ! 私エスポワールの珈琲もスイーツも大好きですし!」

「ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です」


 背筋を伸ばし、お腹の辺りに手を添えて礼をする仕草は英国紳士さながらだ。しかも爽やかな笑顔までプラスされている。イケメンは何をしてもイケメンである。


「もし良かったらまた来て下さい。珈琲の一杯ぐらいはサービスしますから」

「サービスなんてそんな……結構です」

「遠慮なさらずに。美人な常連さんがいなくなるのは個人的に惜しいんでね。繋ぎ止めるためならなんだってしますよ」


 お、おおう……こういう事を言われ慣れていないせいで反応に困る。


「従業員一同でお待ちしておりますので是非またいらして下さい。……貴方が来ないと寂しがる奴もいるし。ね?」

「え? ええと……はい」


 人の良さそうな笑みの店長さんにつられて、私もひきつった笑顔を浮かべた。

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