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「理央さぁん、ちょっといいですか?」


 就業時間を終えロッカーで荷物を取り出していると、遥香ちゃんがちょこちょことやって来た。


「どうしたの?」

「あのこれ、もし良かったら貰ってくれませんかぁ?」


 そう言って目の前に出されたのは小さな黒猫の人形がついたバッグチャーム。


「わ! かわいい」

「気に入ってくれましたぁ? 良かったら貰って下さい。お昼のお詫びも兼ねてってことでぇ」

「お詫び?」

「私、黒猫について色々言っちゃったから。好きな物を酷く言われたら気分悪いだろうなぁって思って」


 どうやら気を使わせてしまったらしい。まったく私ってば年下の女の子に何させてるんだか。自己嫌悪に陥る。


「……気にしなくていいのに」

「いえ。私昔から知らないうちに色々やらかしちゃうんですよねぇ。両親にもお前は人様の前でなるべく口を開くなって怒られるんですすみません」


 いやいや、私は遥香ちゃんのご両親に伝えたい。娘さんは良い子ですよ、と。まぁ……一言多いのは確かだけど。


「これわざわざ買ったの?」

「えっと、その。さっき行った取引き先の雑貨屋さんで見つけたので。理央さんスマホにも肉球のイヤホンジャック付けてたし、こういうの好きかなって思って……」


 自信がないのか声が尻すぼみに小さくなっていく。


「嬉しい。ありがとう遥香ちゃん」


 お礼を述べると遥香ちゃんの顔がパッと輝いた。


「……私の方こそごめんね」

「え? なんで理央さんが謝るんですかぁ?」

「だって、あんな態度とっちゃって場の空気壊しちゃったし。良い大人がやる事じゃないわよね。気を付けるわ」

「ええ? 私は逆に嬉しかったですけどぉ?」


 私は首をかしげる。嬉しいって……なんで? 遥香ちゃんは私の心を読んだように言葉を続けた。


「理央さん、最近ちょっとずつですけど思ってる事口に出してるじゃないですかぁ。それって私達に心開いてきてくれてるって事ですよね?」


 今度は私がキョトン顔をする番だった。……私が他人と一線引きながら接してた事、やっぱり気付いてたのね。


「祥子さんとか超喜んでましたよぉ! あの人はっきりとは言わないですけどぉ、見てればわかります」


 ふふふ、と遥香ちゃんは笑った。私は二人に対しての罪悪感が拭えない。


「やばっ! もうこんな時間! 今日合コンなんですよ合コン! あ、今度理央さんもどうです?」

「……遠慮しておく」

「そっか! もう相手いるんでしたっけ!」

「いやそれは誤解で……」

「その話はあとでちゃぁ~んと聞きますから! 飲みながら! じっくりと! ゆっくりと! しっかりと!」


 ずいっと詰め寄られた。今日は付け睫毛による睫毛倍増のせいでいつもより迫力がある。


「じゃあお疲れ様でしたぁー! お先に失礼しまぁーす!」

「あ、お疲れ様」


 静かになった室内にはロッカーを閉める音がよく響いた。


 ……そっか。自分じゃ気付かなかったけれど、私少しずつ変わってきてるみたいね。だとしたらあの手紙の影響だろう。手紙に自分の気持ちをすらすらと書いてしまうせいで、口の方も随分と軽くなってしまったらしい。


 もし今みたいに少しでも素直になれていたら、アイツとも別れないで済んだのだろうか。……なーんて。別に未練があるわけじゃないけど、ついそんな事を思ってしまった。


 家に帰るとタイミング良くヤマトがやって来たので、私は餌をあげて早速手紙を読んだ。




 Rさんへ

 すみません。良い大人があんな……中学生み

 たいな言い方をしてしまって。恥ずかしいで

 すね。すみません。

 なんていうか、普段思ってても言えないよう

 な事がこの手紙の中だと言えてしまうんです

 よね。どうしてでしょう、不思議です。




 ……この人、私と同じようなこと言ってる。親近感を覚えたせいか、私の手はいつも以上によく動いた。




 Yさんへ

 同じようなことを思っていたので吃驚しまし

 た。

 私も普段は他の人に自分の気持ちを伝えたり

 するのが苦手なんですが、何故かこの手紙に

 は書けちゃうんですよね。不思議です。

 ついでにちょっと聞いてくれますか? 嫌だ

 ったらとばしていいので、勝手ながら書いて

 しまいますね。

 今日、会社の後輩に黒猫は縁起が悪いし不吉

 だと言われてしまいました。その子に悪気は

 一切ないし、一般的に黒猫がそういう風に言

 われている事はわかっているんですけど、ヤ

 マトの悪口を言われているみたいでちょっと

 頭にきちゃって。後輩に少々当たってしまい

 ました。自分の大人気ない対応に呆れてしま

 い自己嫌悪に陥っています。

 そしてやっぱり黒猫は嫌われてしまうものな

 のでしょうかね。更に落ち込みます。

 長々と語ってしまいすみませんでした。




 ところで、こんな愚痴みたいな事を書いてしまって大丈夫だろうか。ウザがられたりしないかな。


 ……って顔も名前も知らない人にどう思われたっていいじゃない。鬱憤の捌け口みたいに扱っちゃって申し訳ないけどまぁいいや。私はメモ用紙をそのままヤマトに預けた。





 翌朝、ガリガリという耳が痛くなるような引っ掻き音で目を覚ました。随分と強烈なモーニングコールである。


 私はボサボサ頭にパジャマ姿のままでベランダに出る。時刻はまだ五時前だ。外は薄暗いし寒いし眠いし、何より早い。


「ナァーオ」

「……おはようヤマト。あんた元気ね」


 朝イチで聞くと結構辛いあの音を発した当の本人はけろりとした表情で一声鳴いた。どうやら気紛れの早朝配達のようだ。ヤマトは私が取りやすいようにグッと首を伸ばす。



 Rさんへ

 手紙は毎回最後まで目を通していますよ。

 ……そうですか。実は僕も周りから愛想がな

 いとか言葉足らずだとか毒舌だなんてぐちぐ

 ち言われる事が多いです。

 でも、たまには自分の気持ちを伝えるのも悪

 くないと思いますよ。その後輩の子もそこま

 で気にしていないと思うし。だからあまり落

 ち込まないで下さい。

 黒猫の事ですが、僕はそうは思いません。

 知ってますか?西洋や欧米では魔女の使いや

 不吉の象徴として忌み嫌われている黒猫も、

 イギリスの一部では幸運の象徴として扱われ

 ているんですよ。つまり、黒猫は幸運を運ん

 でくれる猫なんです。まぁ、さすがに指輪を

 運んできた時は吃驚しましたけど(笑)

 解釈は人それぞれです。でも、誰がなんと言

 おうと僕達にとって黒猫……というか黒田は

 幸運の象徴だ。違いますか?



 手紙を読んでいくうちにだんだん頭が覚醒してきた。私はそれを数回読み返し「ふふふふ」と声を出して笑う。深夜テンションならぬ早朝テンションだ。誰かに見られたらアウトな感じだけれど、この時間なら新聞配達の少年ぐらいしか歩いていないだろう。問題ない。



 〝僕たちにとって、黒田は幸運の象徴だ〟



 その一文に心をくすぐられる。


 そうよね、世間一般がなんと言おうと関係ないわよね。私はヤマトにたくさん救われてきたもの。彼の言う通りだ。それに、こうして文通をしているのもヤマトのおかげだし。



 Yさんへ

 イギリスでは黒猫は幸運の象徴だったんです

 ね。知りませんでした。

 そうですよね。周りがなんと言おうと私達に

 とってヤマトが幸運の象徴なのは変わりない

 ですよね。

 Yさんに話したら少し気が楽になりました。

 ありがとうございます。

 今更で恥ずかしいのですが、実はヤマトに預

 けたあの指輪は、付き合っていた彼氏から貰

 った婚約指輪でした。でも私、あの日フラれ

 たの。だからヤケになってあんな事しちゃっ

 て。迷惑かけて本当にごめんなさい。



 大きな口を開けてひとつ欠伸をもらすと、気合いを入れて立ち上がる。よし。せっかくだから今日は始発で出勤してやろう。

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