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「……おはよぉございまぁ〜す」

「おはよう」

「うう……頭いたーい」


 よろよろと壁を伝いながら給湯室に入ってきた遥香ちゃんは昨日社長に釘を刺されたにも関わらず、予想通り酷い二日酔いに苦しんでいるようだった。この様子じゃ今日一日使い物にならないだろう。


「大丈夫?」

「いやぁ……昨日はちょっと調子に乗りすぎちゃいましたぁ」

「自業自得よ、反省しなさい。あとタクシー代。ちゃんと払ってよね!」

「うええー……理央さん厳しぃぃい」


 電気ポットに水を入れてボタンを押す。あとはお湯が沸くのを待つだけだ。ああ、文明の利器ってなんて素晴らしいんだろう。


「ていうか理央さん、なんか良いことありました?」

「えっ? なんで?」

「んー……なんか声が弾んでるっていうか、いつもより頭に響くから」


 基準はそれかよ。思わずツッコミを入れそうになったが、私は何食わぬ顔で答えた。


「別に何もないけど?」


 特に隠すような事ではないけれど、ヤマトと文通の事はなんとなく他の人には知られたくなかった。心の中に秘めておきたいのだ。


「ええ……そうですかぁ? まぁいいですけどぉ」


 二日酔いの影響かいつもと違って追求の手は緩い。


「理央さんあんま自分の事話してくれないんですもん。良い事でも悪い事でもなんかあったら遠慮なく言って下さいよぉ。いつでも飲むの付き合いますから」

「はいはいありがと」

「あ、でもやっぱ今度は慰めるためじゃなくてお祝いっていうかぁ、良い事の方で理央さんとぱぁーっと飲みたいです」


 遥香ちゃんは青白い顔で力なく笑った。そのまま冷蔵庫に入っていた栄養ドリンクをぐっと飲み干すと、ふらふらしながら給湯室を出て行った。


 今日一日、あんな状態で本当に大丈夫なのだろうか。心配だ。ふぅ、と一つ息を吐く。


 ……こうやってたまにカワイイ事を言ってくれるから彼女は憎めないのだ。私の口元は自然と緩んでいた。


「うう……頭いたーい」


 オフィスへ戻るとぐったりと自分のデスクに倒れこんでいる祥子さんがいた。


 ……何このデジャヴュ。


 しかも台詞まで同じだし。二人揃ってこんな状態じゃ社長にかなり怒られそうだ。……とばっちりが来なければ良いけれど、昨日は忠告されていた上に名目が私のための飲み会だ。やはり雷は避けられないだろう。社長の笑顔を思い浮かべて身震いする。笑ったまま静かに怒る社長は正直言ってかなり怖い。怒られているというより精神的に追い詰められていくのだ。


「理央ちゃんごめん! ポストでいいから急いでこれ出してきてくれる!? 郵便屋さんの回収は九時半だから今行けば間に合うはず!」

「わかりました」

「ごめん、よろしくね!」


 嶋田さんから書類の入った封筒を受け取り、小走りでポストに向かう。短い距離なのにすぐに息が切れた。完全なる運動不足である。


 書類を無事に投函し、任務を終える。赤いポストを見ていたらヤマトの首輪を思い出した。今日、返事来るかなぁ? 社長の御叱りの事なんてすっかり忘れ、私は嬉々としてオフィスへと戻った。





 長いようであっという間の一日が終わった。ああ疲れた。ぽつりぽつりと席の空いた電車に揺られながら家路へと向かう。今日の車内は混んでいなくて助かった。


 改札を出て、人通りの少ないいつもの道を足早に進む。すると、前方でヒラリと動いた黒い影が見えた。


「あ! ヤマト!?」


 体操選手のような見事な着地を決め、塀の上を優雅に歩いていたのは他でもないうちの愛猫ヤマトだった。私の声に反応して驚いたように立ち止まる。私は駆け出した。


「もしかしてうちに来る途中だった?」

「ナァーオ」


 近付いて声を掛けるとヤマトは鳴き声をあげた。やはり我が家に向かう途中だったらしい。こんな所で会うなんてなんたる偶然。いや、運命か。


「よし、じゃあ家まで一緒に行こっか」


 私の話を理解したのかしないのかは定かではないが、ヤマトは先を歩き出す。



「あ、そうだ。待ってヤマト!」


 言葉に従って歩みを止めたヤマトの元に急いで向う。首輪のポケットを開けて例の手紙を確認すると、そこには期待通り丁寧に折られた白い紙が入っていた。


 私は待ちきれずにその場で開く。




 Rさんへ

 よし、じゃあ決定。

 これからは共同飼い主という事でよろしくお

 願いします。たくさん可愛がってやりましょ

 う。

 それと、貴方が納得していない名前の件なん

 ですが、僕らの付けた二つの名前を合体させ

 て「黒田ヤマト」というのはどうでしょう?

 僕は割と気に入っています。人間のフルネー

 ムみたいですけど……(笑)




「黒田ヤマト……?」



 確かに人間の名前みたいだ。しかも実際に居てもおかしくないほどしっくりきている。ネットで検索したら同姓同名が出てくるかもしれない。うん。


 〝黒田ヤマト〟か。


 まぁ、面白いからそれはそれで有りかもなぁ。私はクスリと声を漏らす。


 ……どうしよう。今鼻歌を歌いながらスキップしたい気分だ。ものすごく。でもそんな事したら頭のネジがブッ飛んだちょっと陽気なおかしい人だと思われて誰かに通報されそうだから我慢する。


 ほら、現にヤマトも私に冷たい視線を向けている……し。

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