キレイごと
学校の終わり。電車の中で窓から見える景色に思いを馳せていた。友達と俺と。今日は二人だけで帰っていて、僕はこの後は塾があった。となりの彼はいつも自転車で駅と家とを往復しているが、今日は歩きで帰るらしい。塾までの道のりはちょっとだけ同じ帰り道だった。駅から出て駅前の広場を二人で通り過ぎる。駅前広場横の公園には小学生の笑い声と何かを叫ぶ声が聞こえた。駅前広場を抜けた先のショッピングモールにつながる道を歩く。僕の通う塾はこの道の途中にある。その道を歩きながら僕は学校帰りの塾が今日は憂鬱で仕方なかった。学校で何があったわけでもないけど疲れているものは疲れていた。それを隣にいた彼にそれとなく愚痴った。彼は僕の愚痴に生返事をした。自分が見える空には日増しに長くなる夕闇が僕らを包んでいた。沈みゆく太陽のわずかな残りが僕たちの体を照らして、そして沈んでいった。生返事を続ける彼に、ただ愚痴を続けているとこちらに目を向けた。そして、
「さぼればいいじゃん」
そういった。なんで思い出せなかったんだろう。いつの間にやら僕は随分真面目になったらしい。昔はいたずらばっかりで中学の時もそれなりに問題を起こしていたのに。彼と道を歩きながら過去を思い出した。そこにも僕はいた。今も僕は僕で昔とは変わってないかもしれない。ただ、少し勉強をするようになった。真面目に。ちょっとだけ自分が自分でなくなったような恐怖が夕闇の吹き抜ける風と共に僕の体を通り抜けていった。その後に、僕は少し笑顔になって彼に言った
「それいいね、採用」
ショッピングモールすら通り越して川のほとりを彼と二人で歩いていた。もうとっくに塾は通り過ぎていた。彼が河原に行こうと誘ったのはただの気紛れだったのかもしれない。それとも、塾の終わる時間までの時間つぶしに付き合ってくれるつもりだったのかもしれない。どっちにしろ僕と彼は浅い川が流れる河原に降りた。河原にはもうすぐ夏がやってくることを知らせるようにやぶ蚊が飛び回っている。それを食べる少し大きな虫たちも。それは純粋な生きるためだった。少し穏やかな気持ちになった僕は河原の少し大き目な石に座った。彼もまた同じように腰を下ろしていた。彼と僕は他愛のない話をした。彼には好きな人がいること。そして、告白したこと。そこまで驚かなかったのは彼がそういう人間だと知っていたからだろうか。それとも、単純に僕に興味がなかっただけだろうか。僕の心には流れる水面が映っていた。その上を飛び回る小さな虫たちも。いつか、僕と彼は無言でただ座っていた。彼は急に語りだした。
「昔、中学生の一年の頃、夏休みに部活をさぼって何をしてたか知ってる?」
「知らん」
「まあそうやよな……実は友達と万引きを繰り返してた。」
「へえ」
ありきたりな、相槌だった。彼が万引きしていという過去に対して何かを思ったというよりは善人な彼にもそんなことをしていた。その事実が僕を安心させていた。キレイな人間じゃないことに。僕は、川に石を投げ込みながら彼に言った。
「キレイな人間なんていないよな」
それは彼に対して言ったのか自分に言ったのか分からなかった。ボトンと音を立てながら投げ込まれた石が水底の泥を巻き上げて川を濁らせた。夕闇は夜の帳を下ろしにかかっているようで、彼と僕の輪郭は宙に消えそうだった。飛び回る蚊の集団を見ていた。ただ、無言だった。しばらくして彼が言った。
「帰ろうか」
もう塾の終わる時間をとうに過ぎていた。