8話 撲殺魔術師レフォンちゃん
俺とネフェリムはレフォンにクエストを手伝ってもらったお礼をするべく、彼女のクエストの手伝いをする事にしたのだが……
「ねぇワタル? なんかすっごい、ことをされられている気がするんですけど…………」
「同感だ…………あの子普通じゃねえ」
コイツと一緒で。
俺たちはどういう訳かレフォンが持っていた、ありったけののサチロス茸を体に括り付けて、森のど真ん中に寝そべっている。
「なぁレフォン! 俺たちをどうする気なんだ? 生贄にでもするのか?」
「しませんよ! お礼をしたいと言ったのはあなた達でしょう!」
自分からお礼をしたいと言った手前、やっぱり止めるなんてことは言えない。
ましてや年下の女の子なら尚更だ。
「レフォンちゃん? これはなんの意味があるのかしら?」
「サチロス茸を探していたのならご存知かも知れませんが……そのキノコはポイズンボアの好物なのです」
「ああ知ってるよ! それがどうしたんだ!? てか、ポイズンボアならさっき見たぞ!」
「ええ、あとちょっとの所でしたので」
あとちょっとって何がだ?
「随分、追い回しましたからね、そろそろ疲れて、餌を求めている頃合いかと思います」
レフォンは右手の杖をクルクルと回し、先端を左手で撫でる。
え? 何を言っている? この子まさか……
「そろそろ来るはずです……」
そう言うとレフォンは杖を構え、臨戦態勢に入る。
——ガサッ。
茂みから音が聞こえる、間違いない。何かがこちらへと向かってくる。
ブオオオオォォォォォ————!
その時、緑のイノシシが俺たちに向かって突進してきた。
俺たちが体に括りつけていた、大量のサチロス茸を目当てに突撃してきた。
「「うわあああああああああああああああああ!」」
ダメだ死ぬ。立ち上がって逃げねば……いや、間に合わない! もうおしまいだああああ!
「『パワード・エンハンス』——!」
レフォンが魔法を唱え、杖を片手にポイズンボアへと真正面から突っ込んでいく。
ブオオオォォォォォ——!
「はぁああああああああアアアアアアァァァァ————!」
レフォンは持っている杖の先端の水晶の部分を、見事正確にポイズンボアの脳天へ振り下ろした。
「いや、殴るんかい!」
杖を持っていたからてっきり魔法で倒すとばかり思っていたが、まさか杖で撲殺するとは思っていなかった。
——ブ、モオォォ……
小柄な少女が振るった杖の威力はまさに一撃必殺、その威力はすざましく、ポイズンボアの頭部は深く凹み、その衝撃で牙はへし折れ、地面に倒れ伏した。
「杖で殴るのが、私流の魔法の使い方です! 魔法で攻撃力を最大まで上げてから振り下ろされる、破壊の一撃……これを食らって立っていた者は過去に一人としていません!」
レフォンは杖を掲げ、高らかに自慢した。
この少女が……なんと恐ろしいんだ。
「何はともあれ、これでこっちもクエスト完了ですね。お二人共ありがとうございました。ナイス囮です!」
「ちょっと待てぃ! いろいろツッコミたいとこ満載だけど、囮ってなんだよ!」
「へ? 文字通り囮ですよ? ほら見事成功です」
そう言ってレフォンは、倒れたイノシシを指さす。
俺たち普通に命の危機だった気がするが。
ちなみにネフェリムは地面に寝転んだまま、白目を向いて動かない。
異世界に来てから、何度も死にかけているな。というか、実際一度死んだ。
「さあ、お互いクエストは終わった事ですし、帰りますか」
俺は自分の縄をほどき、気絶しているネフェリムを拾い上げる。
その横でレフォンは自身の三倍以上の大きさはあるであろうポイズンボアの亡骸を平然とした顔で軽々と片手で担ぎあげた。
「さて、帰るか」
「――――――――――――――――。」
ネフェリムはずっと気絶したまま、背中にもたらかかっている。
このまま帰るのは嫌だなと思ったその矢先だ。
「…………あ、ゴブリンがいますね」
「え!?」
レフォンが指差す先には、前に俺たちが遭遇したのと同じ体が緑色のゴブリンだ。
「ネフェリム! 起きろ! クソッ!」
「……ああ…………もうそれは食べられない…………」
一体なんの夢を見ているのか背中でうなされるネフェリム。
こりゃ当分起きそうにないな。
「レフォン、逃げるぞ。まだ向こうは俺たちに気づいてない」
「何故逃げる必要があるのですか?」
「え?」
「だってゴブリンは群れで行動するんだろ! お前一人じゃ危険だろ!?」
「ワタルは私の実力を分かっていないようですね……ゴブリンの群れ如き私一人で十分です! さぁ! 血祭りになるがいいゴブリン共!」
レフォンはポイズンボアをどこかへ放り投げて、一人ゴブリンへ突っ込んで行った。
すると、やはりゴブリンの仲間達が集まってきて、レフォンにワラワラ群がっていく。
「殺すッ! 殺すッ! 殺すッ!」
しかし、レフォンはそれをもろともせずに一匹一匹、順々にゴブリンを杖で撲殺していく。
彼女にとってはもはやただの作業でしかないのだろう。
一体この子は一体何者なんだ……
「うわぁ……レフォンってちょっと危ない子なのね……」
「いや危ない所じゃないだろ! なんであんな小さい女の子が俺たちの何倍も強いんだよ! てか、お前起きたんなら下りろ」
俺はネフェリムを下ろし、レフォンがゴブリンを掃除した後を着いて行く。
だが、俺には一つ懸念点があった。
そう、以前あったボスゴブリンである。
――グオォオオオァァァァァァ!
「あれはボスゴブリン!レフォン危な――」
「殺すッ! ハアアァァァァァァアアアッ!」
案の定と言うべきか、当然のようにボスゴブリンをワンパンした。
レフォンが澄ました顔でこちらへ戻ってくる。
「ふっ~! いい汗かきました!」
「あ、あの……レフォンって何者なの?」
「只の冒険者ですよ。魔法使いです。殴り専門の」
もはや魔法使いと呼んでいいのか怪しいが。
方向性は違うがネフェリムと同じでかなりぶっ飛んだ脳をお持ちのようで。
「元々は仲間を強化していたんですけど、今は一人なので自分を強化して自分で殴るスタイルなんです!」
しかし、邪道もいい所な気がする。魔法使いが近接戦闘なんて、ゲームの中でも一度も見た事がない。
「さっ、街に戻りましょうか!」
レフォンは笑みを浮かべると、先程放り投げたポイズンボアを担ぎあげて歩きはじめた。
俺達は無事に森から帰還し、ギルドで手続きを受ける。
「お、おいあの子、ポイズンボアを一人で……」
「う、嘘だろ……!? あの子がか!?」
「おい! 聞こえるぞ!」
「それにあの白髪……この前お前がお子様とか言って馬鹿にしてた子じゃねぇのか?……」
「ヤバい、殺されるぞ……」
「クエスト達成、おめでとうございます」
受付のお姉さんにクエストの目標である、サチロス茸を納品し報酬金を得た。
同じくクエストを達成したレフォンの方は……ポイズンボアを見せられたギルドの人が困惑している。
そりゃ誰でも驚くだろう、女の子があんな猛獣担いできたら。
「よく、サチロス茸の場所が分かりましたね。私、事前に説明しようとしたんですけどお連れの女性の方が話を聞かずに行ってしまわれたものでして……」
え?
「それに森にはゴブリンの群れや、ポイズンボアが出現して採取クエストにしては危険度が高まっていましたのに……無事でよかったです」
「おい」
俺は後ろのネフェリムの方へ向いた。
ネフェリムは知らんとばかりに口笛を吹き始めた。
「お前えええええぇぇぇ!」
「ごめんなさーい!」
ギルドの中で他人の目も暮れずに追いかけっこを始める俺とネフェリム。
「全く……何してるんだか、あの人達は」
それを見ていたレフォンは報酬金を受け取って満足気な表情を浮かべながらその場を後にした。
「面白い人達でした……」
魔術師(物理)です。