最終話 理想郷
「全く、普段私に偉そうな事を言っている割にはワタルも大概だと思うわ」
ワタルとレフォンがニーズヘッグに連れ去られてから暫く経つ。
レフォンは助けてようとワタルと一緒に連れ去られてしまった。
そのまま降りることも出来たのだろうけど、心優しいレフォンは見捨てるなんて事はしなかったのだろう。
私達は今、ギルドの集会所で暖かいコーヒーを飲みながら、これからどうするかを皆で話合っていた。
「ワタルめ…………なんて事をしてくれたんだ……」
他の冒険者達も頭を抱えてしまうこの有様。
街を守ることには成功したのだから、そのまま逃がしてよかったのに。
うちの使用人はなんて世話が焼けるのかしら。後でなんかしらの罰を与えねば。例えば、一日一回マッサージとか、あとそれから美味しいケーキでも買って貰おうかしら。
「とりあえず、二人を救出する方法を考えましょう」
「だがそうは言っても、ニーズヘッグがどこへ飛んで行ったのかは分からないし…………そうだ!ドラゴン種の多くは洞窟を根城にしている事が多いと聞く。せやからこの辺りにある洞窟を片っ端から調べていくしかないんやないか?」
「それじゃ結構時間かかりそうね。外はこの有様だし、ワタル、凍死しちゃうんじゃない?」
「うーん」
結局、話し合いの中で出た結論は『せめて、骨だけでも持ち帰ってあげよう』ということになった。
「確かニーズヘッグは北の方へ飛んで行ったんやから……グリモワール、地図を出してくれ」
《左様。カルデラ周辺の地図です》
「ここら近辺の洞窟をマッピングしてくれ」
《左様》
冒険者達が音声入力で、グリモワールにニーズヘッグの巣と思われる箇所を絞り出す。むむぅ、私のより最新型……
「一、二……十二ヶ所ね。それに結構な距離もあるから、この吹雪のなかずっと歩いていたら最悪私達まで死んじゃうわよ?」
「それはもう時間との勝負だな」
「大丈夫だ!俺達カルデラの冒険者に任せてくれ!なあ、お前ら!」
「「「おおー!」」」
「ワタルとレフォンおかげでこの街は救われたんだ!」
「そうだ!助けに行かなきゃ、名が廃るぜ!」
なんて頼もしいのかしら。でも一つ勘違いしないで欲しいのは私達三人の中で私が一番活躍したということを忘れないで欲しい。
みんなは私達が何も言う間もなく場所を割り振り、準備を済ませ、洞窟へ向かっていった。
私もホワイトファングに向かって洞窟に向かうことにした。
「ああ、寒い。ここはどこなんだ。ネフェリムー、助けてくれー」
「全く、ワタルはとんでもない事をしてくれましたね!」
「悪かったよ。俺だって見せ場が欲しかったんだよ。あと少しで倒せるって所まで来たらつい舞い上がっちゃってさ」
「舞い上がっちゃってじゃないですよ!モンスターは瀕死の時程危険なのです!次そんなことをしたらあなた死にますよ!」
ニーズヘッグは結構な距離を飛んだ後、洞窟の奥へと潜っていって眠った。その際、俺達には目もくれなかった。かなり弱っていたのだろう。
洞窟の中は少しだけ日が差し込んでいるため、視界は多少確保でき、外の吹雪も凌ぐ事が出来る。
…………ん?日が差している?
そういえばさっきよりも吹雪が弱まったような?
吹雪が弱まったところでカルデラがどこか分からない以上、簡単には帰れない。助けを待つしか無さそうだ。
きっとネフェリムなら助けてくれる…………よな?
ドラゴンが寝ている横で待つのもなかなか恐ろしいことだが、それよりも恐ろしいのは洞窟の天井にぶら下がった丸い何かだ。
水晶のようにも見えるがなにか糸のようなものが固まったものの様にも見える。
それは球体で淡く光っており、薄い糸のようなもので壁や天井に張り巡らされてぶら下がっているようだ。かなり奇妙な物体である。
「なんだあれ?」
「なんでしょうね。とってもおっきぃですね」
ひょっとするとドラゴンの卵か何かか。
いやそれにしては大きすぎる。この謎の球体はニーズヘッグの七割程度の大きさがある。産み落とされる卵にしてはあまりに大きい。
少し恐怖を感じた俺とレフォンは、多少なりとも寒いのを我慢して洞窟の入口近くで待つことにした。
吹雪は弱まってはいるが、依然として止んではいない。空は雲で覆われている。浮遊大陸は見えなかった。
きっと探してくれている(であろう)ネフェリム達も探すのに苦労するはずだ。
何か目印みたいなものを送れないだろうか。
そう考えた俺は空に手を掲げ、魔法を唱えた。
「『ファイア』!」
吹雪の雪と風であっという間に消えてしまった。
それにニーズヘッグ戦で結構魔法を使っているため、魔力も底を尽きかけている。
頭のいい俺は多少工夫する事にした。
スモークを全方向ではなく一点に集中させる事が出来ないかと。
黒い煙を放つこの魔法なら、風であおられても遠くから目視できるだろう。
「レフォン、魔法の形を変えることってできるのか?」
「と言うと?」
「こういう事なんだが――」
俺はレフォンに頭の中で思い浮かべた魔法の形を説明した。
「魔法の形の変更に大切なのは魔力の流れとイメージです。手を掲げて血管に魔力が通っているのを感じてて下さい」
俺は魔力を腕の先一点に集中させるように頭の中でよう描き、右腕をそれに掲げる。
「そしたら頭の中で想像して下さい。出来たらイメージが崩れないうちに撃つ!」
「『スモーク』!」
先程のファイアと同じ要領で煙幕魔法を空に打ち上げた。
成功だ。俺が放った想像通り黒煙は空高く立ち上り、それは信号弾のように綺麗な放物線を描いた。
頼む、これで気づいてくれ!
「さぁ、後は待つだけですね」
「そうだな」
外にいるのは寒いので洞窟の少しだけ奥に進み、腰を下ろした。
レフォンはなぜか洞窟の中に突っ立ったままである。
「ん?どうした?レフォンをつかれてるだろ?座ったらどうだ」
「…………あの、ワタル」
「ん?どうした?」
「あのドラゴン、私が殺しちゃってもいいですか!」
「はっ!?」
レフォンは杖を持ったまま頬を火照らせて俺に強く聞いてきた。
「だ、駄目に決まってるだろ!いま生きてる事が奇跡なんだぞ!なぜ自分から危険に突っ込もうとするんだ!それにさっきお前俺に叱ったじゃないか!」
「やっぱりいざ獲物が目の前にいると我慢出来ないのです!いいじゃないですか!ドラゴンは虫の息、鱗もほとんど剥がれ落ちてるし、私の攻撃も通るはずです!寝ているところを私がドンッてすればワンパンですよ!」
「確かにお前ならできるかもだけど、失敗したら二人とも喰われて終わりだっての!頼むから止めてくれ!」
「いいえ、止めませんとも、私はありとあらゆるモンスターを殺してきたんです。ここで引き下がれるかぁ!」
レフォンが洞窟の中へ行こうとするのを、腰にしがみついて止めるものの、俺に強化されたレフォンを止める術はなくそのまま引き摺られてしまう。
「離せ、変態!私が、私が生態系の頂点に立つんだぁ!」
「さ、させるかよ!『ワイヤーバインド』!」
少ない魔力を振り絞って発動したが、魔法陣の中から飛び出たワイヤーは数も強度も貧弱、レフォンに絡みつくも直ぐにブチブチと引きちぎられてしまった。
――グガアアアアアアアアアアア!
突如、洞窟内に咆哮が鳴り響く。
「起きちゃったじゃないですか!ワタルのせいですからね!」
「俺のせい!?お前のせいだろ!」
ニーズヘッグはムクリと起き上がり、こちらへにじりよってくる。
「あああああああああああどうすんだよレフォン!
俺もうスモークは使えないぞ!」
「ワタルは下がってて下さい。ええいいですよ、殺ってやろうじゃありませんか!さっきは弾かれましたが、今度はそうはいきません」
マントをなびかせて、レフォンは杖を片手にニーズヘッグに向かって堂々と宣言する。
ニーズヘッグも睡眠を邪魔され、怒り心頭。レフォンに食らいつこうと急突進してくる。
「はぁああああああああァァァ!死ねェえ!」
レフォンはニーズヘッグの脳天に、強烈な一打をお見舞いする。
脳天にはレフォンの打撃を防ぐ鱗は既に剥がれ落ちている。
ニーズヘッグの頭部は大きく凹み、その衝撃は洞窟内の空気を震撼させるほど。血を吐き、その場に倒れ、カルデラを襲撃したニーズヘッグはそのまま絶命した。
「なんだ!今の音は!」
「ワタル無事だったん…………か?」
「レ、レフォン?あなたまさか…………」
「ネフェリム、皆さん。もう終わりましたよ」
「………………」
俺の煙を見て、皆が気づいて来てくれたのだろう。……と言うより倒れているニーズヘッグを見て、驚きを隠せない様子だが。
「レフォンがいる地点でもしかしてとは思ってたけど、本当に倒しちゃうとはね…………」
洞窟の奥へと進み、その亡骸をまじまじと見つめる俺達。
こんなのが異世界にはゴロゴロいると思うと、もう気軽には外に出られないな。
「本当にこんな奴を仕留めてまうとは…………」
「どうです?私はこれからドラゴンキラーですよ!」
レフォンを目を輝かせながら、腕を掲げる。
「このニーズヘッグの死体ってどうするんだ?」
「そりゃあ、あとで街に運ばれて……戦いの報酬として賞金とともに素材として進呈されんじゃないかしら?やっと貧乏生活から抜け出せるわよ!」
貧乏になる原因のほとんどはネフェリムのせいなのだが。
「ワタルもニーズヘッグの素材で装備を一新してみては?きっと強い武器とかが作れますよ!」
「おお、かっこいい武器とが作ってくれるのか!やっぱり倒してよかったじゃないか!」
今の装備じゃ心許ないし、というかほぼ普段着だ。まずは防具でも作ってもらおうか。それからかっこいい剣とか……それから――
妄想に妄想を膨らませ、俺は今後の自分の姿をイメージしてみる。
「なあ、あの天井の球はなんだ!?」
冒険者の男が上を指さしながら言った。アレは先程レフォンと話していた、謎の光る巨大な球体だ。
「ん?――アレってドラゴンの繭よ!」
「繭!?」
「ドラゴン種のいくつかは繭を張るものがいるわ。赤ちゃんのドラゴンがある程度の大きさまで成長すると、ああやって繭を張って周りから魔力を吸収して力を付けるの」
ネフェリムによると、天井の球体はニーズヘッグの幼体が作った繭らしい。
本来繭とは、昆虫などの幼体が変態するときに作るものだが、異世界では違うようだ。
魔力を吸収するためのもののようだ。長い年月の果てに魔力を吸収し続けた結果、このような恐れられるような存在になるのだろう。
「ここに繭があるっていうことは、またこんなのが生まれるってことなのか!?」
ニーズヘッグの亡骸を指さしながら言った。
「ええ、そうね」
「…………破壊しましょう。ここで」
そう言ってレフォンは前に出る。
誰も反対はしなかった。少しだけ眠っていたニーズヘッグが気の毒だが仕方ない。またあんな大事件が起きては、今度こそどこかの街や村が壊滅してもおかしくはない。
レフォンが繭とその中の不完全体のニーズヘッグを仕留めた後、カルデラの街へと帰還した。
「ワタル達が帰ってきたぞー!」
「「「おおおおおおおー!」」」
集会所ギルドにて、冒険者達が俺たちの帰還を聞いて歓声を挙げる。
集会所ギルドに所属する皆が俺とレフォンを探しに街を探索してくれていたらしい。
「それだけじゃねえ!レフォンがニーズヘッグを討伐したぞ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
「レフォンさんすげぇ!」
「ロリとか言ってすんませんでした!」
「街の英雄が誕生したぞ!」
英雄だのなんだの崇められ、レフォンが少しだけ顔を赤らめる。
「今日は祝杯だ!飲むぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
激戦の末、負傷者は出たものの、奇跡的に死者は一人もいなかった。
しかし、ニーズヘッグのブレスによって街の一部は焼かれてしまった。ギルドの迅速な対応によって明日にでも復興作業が開始される予定だそう。
俺がこの世界に来て約一ヶ月。向こうの世界でも飲んだことのない酒の味はまるで温いトマトソースを肉じゃがの汁で割ったような味だった。
この世界で暮らしていくのも悪くないかもしれない。
[完]
評価を頂けると嬉しいです!
今回で最終話になります。初執筆ということで所々読みにくい部分とかもあったと思います。申し訳ありません。
最後までご覧になった皆さん、本当にありがとうございました!