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32話 猿もユグドラシルから落ちる

「本当に逃げる気ですか?」


「ああ、本当だ。そう言いながらもレフォンも俺と一緒についてきているじゃないか。それに俺が責めらなる筋合いは無いね。俺は十分活躍したんだからな。ニーズヘッグはベテラン冒険者達に任せておけばいいさ。つーかあの馬鹿はどこへ行ったんだ」


「はぁ、さっきニーズヘッグに毒矢を突き刺しに向かった時はかっこいいと思った私が馬鹿でした。あなたはクズです。よくもまあ堂々と共に戦った仲間を置いて逃げ出しましたね」


 レフォンは俺に無慈悲な言葉を連ねてくる。俺だって見捨てるなんて事はしたくなかったさ。俺に力があればきっと共に戦っていただろう。いや、それでも逃げていたかも?

 まあ、いいさ。命より大切なものはないんだ。俺はこの判断が間違っているとは思わない。

 これ以上は死の危険がある。ついさっき死を目の当たりしているのだ。今生きている事が奇跡だろう。


 そろそろ街の端、北門が見えてきた時だった。

 北門に残り、防衛を続けていた冒険者たちが大慌てで街の中心の方向へ走ってくる。

 何かあったのだろうか?


「ホワイトファングだ!かなりの数がいる!」


「退け!この数は俺達には手に負えない!」


 最悪の事態だ。街の中にニーズヘッグ。外にはホワイトファングの群れ。逃げ場はどこにもない。


「嘘だろ!逃げるぞレフォン!」


「ええっ!…………待って下さい!あのホワイトファングは――――」


 レフォンが何かを言っているが、俺は逃げるのに精一杯でその声は耳に入っては抜け、頭には残らなかった。

 北門に向かう途中でUターンし、再び街の中心部へと戻る。

 その瞬間。ホワイトファングの一匹が俺とレフォンの横を通り過ぎた。


 そのホワイトファングはとても深い傷がついている。

 どう見たって致命傷だ。生物が生きていられるダメージではない。

 よく見ると他のホワイトファング達も皆、体の一部が欠損していたり、あるいは腐っていたり。


「これってまさか…………」




 俺の脳裏に走った予感は的中した。





「あははははははははははははははははは!さあ、行きなさい可愛いゾンビ達!あのドラゴンを喰らい尽くしてしまいなさい!」


 めちゃくちゃ聞き慣れた、頭の悪そうな女の声。

 後ろを振り返ると、北門の前で心臓の杖を掲げて、高笑いをする髑髏の片割れ仮面をつけた女がそこに立っていた。


「ネ、ネフェリム……!」


「前に私が放逐したホワイトファングのゾンビ達が大量にいたのを思い出してね。それで連れてきた!」


「連れてきたってお前………………」


 街は逃げ惑う人々、暴れ狂うニーズヘッグと大量になだれ込んできたゾンビのホワイトファング。カルデラはもはやカオスと化していた。


「大丈夫よ、この子達は皆私が操っているから、他の皆を襲ったりはしないわ」


 ネフェリムはホワイトファング達を整列させて、その中の一匹の頭を撫でる。

 前よりだいぶ数が増えている気がするが、ゾンビだからウイルスか何かで感染して増えていくのだろうか。

 総勢、五十匹近くものホワイトファングがその場に並んでいる。


「勝てます!勝てますよこれなら!」


「レフォンもそう思うわよね!」


「確かにこれは大きな戦力だな………………よし戻ろうか」


「――!戻ってくれるんですね!」


「え、まあ……ここまで来て逃げるのもあれだしな」


 レフォンは俺にあまりに眩しい笑顔を向けてきたので、この期に及んで逃げるなんて事は言えなくなってしまった。


 ネフェリムは下手くそな指笛を吹き、ホワイトファング二匹が俺とレフォンの前に来て、座りこむ。

 なかなかグロテスクなのでちょっと引くが、まあ耐えられない程でもないので我慢するとしよう。

 ちなみに指笛の音は空気が掠れるような音しか鳴らなかった。


「この子達に乗って!さあ、反撃するわよ!」


「「おー!!」」


 俺達のリーダーは普段は役立たずだが、限られた状況に限っては頼りになる。

 俺達三人はゾンビ化したホワイトファングに乗って、ニーズヘッグのいる街の中心へと戻った。


「さぁ!行きなさいゾンビ達!ネフェリム様の凱旋よ!道を開けろー!」


 逃げ惑う冒険者達を押しのけながら、街の大通りを走っていく。

 ホワイトファング達は雪に足を取られることも、滑ることもなく、かなりのスピードで移動する。


「あー楽ちん。楽ちん」


「そうだレフォン、ネフェリム。いい作戦がある」


「なんですか?」


「それはな――――――――――」


「成程!それは名案です!」


「ワタルにしてはいい案ね。その作戦乗ったわ!」


 ホワイトファングに跨る俺達はあっという間に戦場に戻り、ニーズヘッグとの戦いに舞い戻った。


「――!おい!なんだアレは!」


「ホワイトファングだ!しかもかなりの数だ!」


「逃げろ!皆逃げろー!」


 ニーズヘッグと交戦中だった冒険者達は俺達を見るなり逃げだした。

 グロテスクなモンスターが突然、群れで襲いかかって来たら逃げるだろう。

 どこぞのゾンビゲームや映画のラストシーンのようだ。

 ニーズヘッグもこちらを見るなり、大きく呼吸をして、口から火花を散らし始めた。


 また、あのファイアブレスが来る。これ以上撃たせるのは街にも甚大な被害が及ぶ。

 ホワイトファング達は一斉にニーズヘッグに飛びかかり、鱗の上に牙や爪を突き立ててむさぼり始めた。

 ニーズヘッグも暴れ狂うが、この数だ振り払っても次から次へと向かってくる。それにゾンビと化したホワイトファングの生命力と再生力はすざましく、完全に体を潰さない限りは何度でも向かってくる。


 毒が回ってきたのか、ニーズヘッグの動きは鈍くなりつつあるが、それでも圧倒的なパワーで一匹、一匹刈り取っていく。


「俺達は魔法で援護するぞ!」


「「「おお!」」」


 冒険者達の前衛は引き下がり、後衛の魔法使い系統の職業が後ろから魔法攻撃を始めた。

 ニーズヘッグの鱗はホワイトファングの牙によってボロボロに剥がれ落ち、魔法よる攻撃で大きく怯み出した。


「ネフェリム!レフォン!今だ!」


 その隙に俺は先程立てた作戦の合図を出した。レフォンはグリモワールを取り出し、ストレージ機能で収納されていた物を空中にぶちまけた。

 俺とネフェリムが初めてクエストに行った時のターゲット。そう、()()をもった赤いキノコであるサチロス茸だ。

 初めてレフォンと会った時、俺は彼女が大量のサチロス茸を所持していたのを思い出したのだ。


「『ポルターガイスト』――!」


 ネフェリムは空中を舞った大量のサチロス茸を操作し、思いのままに操る。


「行けええぇぇええええ!」


 心臓の杖を振り、それらをニーズヘッグの口の中へとぶち込んだ。


 とうとうやったか!?

 ニーズヘッグは苦しみ、悶え、地に頭を付ける。

 あの巨大と言えど、これ程の毒の量だ。無事では済まないはず。


「うおおおおおおおおおおおお!あの三人がやったぞ!」


 後ろの冒険者達から完成が上がる。しかし、まだ終わっていない。


「後は俺達に任せろ!」


 ニーズヘッグの息の根を止めようと冒険者達が近づいたその時だった。

 ニーズヘッグは翼を広げ、羽ばたき始めたのだ。

 疲弊ひへいし、弱り果ててしまったので、巣に戻り回復するつもりなのだろう。


「クソっ!ここまでやって逃げられるのかよ!」


 冒険者の一人が叫んだ。

 俺だって、命を掛けて戦ったんだ。それに街をこんなに荒らしてくれたコイツを放っておいたら次こそこの街は壊滅するかもしれない。こいつを生かしておくのは危険すぎる。

 だから俺は渾身の魔法を唱えた。


「『ワイヤーバインド』!」


 俺が放ったワイヤーはニーズヘッグの尻尾に絡みついた。俺は地に引きずり下ろしてやろうとワイヤーを自分の右手に巻き、引っ張った。

 すると、自分の足がみるみる地面から離れていく。


「え?え?ちょっとタンマ!待ってくれ!嘘だろ!誰かぁああああ!助けてくれぇえええええええええ!」


「何してんのよ!馬鹿なの?早く降りてきなさい!」


「ワタル!ワイヤーを切ってください!急いで!」


 そうこうしているうちに、俺はとんでもない高さまで連れていかれてしまった。

 無理に決まっているのに、何故あの巨体をもつニーズヘッグを一人で引きずり下ろそうとしたのだろうか。

 ついその場の空気に流され、いい見せ場を作ろうとカッコつけたのがあだとなった。

 もうネフェリムのことを馬鹿などとは言えない。


「『ジャンプ・エンハンス』」


 レフォンが下からジャンプして俺の足にしがみつく。


「ワタル!魔法を解いて下さい!」


「あ、あの解けない…………」


「へ?」


 腕に絡みつけた為、魔法陣をうまく作れないのだ。

 そうこうしているうちに、ニーズヘッグは街から山の方へと飛び立っていく。

 吹雪で顔に雪がかかる中、遥か高くの空をワイヤーでぶらさがっています。

 ああ、俺は一体どこへ連れていかれるのだろう。



 俺はできるだけ街の近くに降りてくれと祈りながら、考える事を止めた。



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次回、最終話です

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