31話 心頭滅却すればラグナロクもまた涼し
弱点も分かったことだし、さてニーズヘッグを狩りますかと思ったのだが…………
「たぁすぅけえてええええええええええええええええええええ!ワタルうううううううううううううう!」
「ちょっ!お前、こっちに来るな!同じ方向に逃げるんじゃねえ!」
「何をしに来たのですかあなた達は!弱点を調べたのではなかったのですか!」
弱点を知っただけで、何故かもう勝った気でいた俺とネフェリムは絶賛大ピンチ。
「はぁああああ!」
背後から迫ってくるニーズヘッグの牙をレフォンが杖で防いだ。
「何をしているんです! 死にたいんですか!?」
「死にたくないわ!今すぐにでも逃げたいわ!」
「そうよ!だから私は最初からあんなのと戦うべきじゃないって言ったのよ!」
「二人ともねぇ…………うぐっ!」
ニーズヘッグの重圧をレフォン一人で抑え続けるのは無理だ。このままでは押し潰されてしまう。
「『ポルターガイスト』!」
横からネフェリムが浮かせた焼け落ちた家の残骸をニーズヘッグの顔にぶち当てる。
少し怯んだ隙に、レフォンの強烈な一撃を顎にお見舞するも……
「ええっ!固いっ!」
しかし、ニーズヘッグの鱗には傷一つ着くことはなかった。
「きゃっ!」
「レフォン!」
ニーズヘッグは頭部をふるい、レフォンは払われてしまった。
レフォンの一撃が通らないとなると俺達が奴に傷を負わせるのはほぼ無理だ。
――ジ、ジジジジジジジジジジジジ
ニーズヘッグの口から再び火花が散り始めた。
「おいおい、嘘だろ。逃げろ!」
他の冒険者達も横から斬ったり、魔法を撃ちまくったりしているのだが、ニーズヘッグはビクともしない。
それどころか、尻尾で簡単にあしらわれてしまう始末。
みんながブレスの動作を見て逃げ出す中、レフォンは先程吹き飛ばされたせいで未だにニーズヘッグの真正面。このままでは焼かれてしまう。
「『スモーク』ーー!こっちだレフォン!」
狩人の魔法の一つ、煙幕魔法だ。
俺を中心に、辺り一面に黒い煙を放出し視界を奪う。
何とか無事にレフォンをその場から退却させることには成功したのだが、これは賭けでもあった。ニーズヘッグが無闇に攻撃したりする可能性もあったからだ。
標的を見失ったニーズヘッグがブレスを中断してくれたのは本当に助かった。
「ありがとうございます。助かりました」
「そんなことよりだ。奴の弱点は毒なんだ。お前、毒攻撃出来たりしないか?」
「毒ですか。私に任せて下さい!『ポイズン・エンチャント』!ワタルの矢に毒属性を付与しました!」
レフォン!なんて優秀な子なんだ。アイツは未だ何もしていないが。
「毒は斬撃系武器にしか効果がありません。私の武器では毒を与えられないので、ワタルにお願いします!」
「分かった。でもアイツは全身鱗で覆われているからな。こんな矢なんて刺さらないぞ」
「だったら、鱗を砕けばいい!」
「ああ、俺達に任せてくれ!」
そう声を上げたのは、大勢の冒険者達だ。
「行くぞ!奴を好きにさせるな!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」」
一斉に向かってくる冒険者達を見たニーズヘッグは大暴れし始め、棘の翼で容赦なく薙ぎ払う。
「騎士、攻撃来るよ!」
「『プロテクト』!」
「弓士今よ!」
「そこだ!爆裂矢!」
騎士がニーズヘッグの攻撃を受け止めた隙に、弓士が鱗に矢を打ち込み、爆破する。そして最後に指揮を執っていた魔法使いの女が魔法で追い討ちをかけていく。
あの人は以前、魔法を練習している所を目撃している。
「喰らいなさい!『シャイニング・レーザー』――!」
ベテランであろう三人が見事な連携を決めてニーズヘッグにダメージを与える。騎士の男は例によってあの、南門で飯を分けてくれた人だ。今度名前を聞いておこう。
爆裂矢と眩い光の魔法が打ち込まれたニーズヘッグの鱗はボロボロと剥がれ落ちて、中の筋肉がむき出しとなっていた。
これなら矢を突き刺す事もできる。右前脚と右後脚の間の腹の部分だ。
ニーズヘッグが怯んでいる。今なら刺せる!
「うおおおおあおおおおお!ふんっ!」
俺はニーズヘッグの腹に精一杯の力で矢を突き刺した。
やったか?
――キィヤアアアアアアアアアアア!
うっ!耳が割れる!
鼓膜が破裂しそうな程の咆哮を上げたニーズヘッグはギロリと俺を睨みつける。
「――ル!今す――げて下さ――!」
レフォンが俺に向かって何かを叫んでいるが、耳鳴りが激しく、何も聞こえない。
上を見上げるとニーズヘッグの牙がすぐそこまで迫っていた。
あっダメだこれ。死んだわ俺。ニーズヘッグは大きな口を開けて俺の頭目掛けて迫ってくる。
喰われる。もう逃げられない。耳が痛くて苦しい。こんな所で終わるのかよ。まだ俺、童貞卒業してないんだぞ!?
「はああああああああああああ!」
レフォンは杖の柄の部分でニーズヘッグの目に突き刺した。
片目を潰されたニーズヘッグは血を垂らしながら悶えている。
「今だ!ニーズヘッグを畳かけろ!
冒険者達が大勢でニーズヘッグに止めを刺そうと一斉にかかる。
「ワタルは一旦離れてて下さい」
俺はレフォンの言う通り、咆哮で痛む耳を抑えながらその場から離れる。
「やりましたね!ワタル!ニーズヘッグに毒を打ち込みましたよ!」
「ああ。…………あれ、そう言えばネフェリムはどこへ行った?」
気がつけば一番騒がしい奴がいない。
まさか、アイツ一人で逃げたか。後でお仕置きしてやろう。
「レフォン。こっちだ」
「へ?どこへ行くんですか?」
「――げるんだ」
「すいません。よく聞こえませんでした」
「逃げるんだ」
「は、はああああああああああああああああああああああああああああ!?」
俺もネフェリムを見習って逃げることにした。
奴の弱点を調べあげたし、毒だって与えた。
新人冒険者にしては、十分すぎる戦果だろう。寧ろ、あれだけ接近してよく殺されなかったと思う。
このまま俺は北門から街の外へ出て、ニーズヘッグが倒されたら街へと戻る算段だ。
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