17話 性癖の歪みは人生の歪み
その後――
「君が依頼を受けてくれたワタル君だね?」
ギルドでクエストを受注した後、早速依頼主の元へ行くと眼鏡に白髪頭の見た目博士っぽい男性が出迎えてくれた。
「はい、そうです」
「どうぞこちらへ、さあさあお掛けになってください」
「どうも、ありがとうこざいます」
その男性は俺を家の中へと迎え入れ、席へと案内してくれた。
なんだかとても緊張する。
「どうぞ、お茶です。ごゆっくりしていってください」
「わざわざすみません。いただきます」
なんていい人なんだ。
今までネジの飛んだ人にしか、会ってこなかったからまともな人と会話するだけで心が安らぐ。
こういう場面は久しぶりすぎて、変に声が上ずってしまう。
目上の人との二人きりというのは精神的に圧迫される。
ちょうど喉が乾いていたところだ。
テーブルのお茶に目を向けると……
青かった。お茶が。
信号や葉っぱのように、緑を青と呼ぶような表現ではない。本当に青いのだ。ブルーだ。ブルー。
「…………これはなんと言うお茶で?」
俺は興味を抑えきれずにお茶の品種を聞いた。
「ジャスティス・エル・ウーロンティーという種類です」
「へぇ、初めて聞きました」
「とても、変わった味なので是非。客に出すお茶といったらコレと言われる位人気なのですよ」
俺は恐る恐るカップを口へと近づける。
青とは本来食べ物や飲み物に存在する色ではない為、非常に抵抗が強い。
異世界では普通になのかもしれないが。
それに変わった味と言っていたが、異世界ではいくつか経験済みだ。
グルキネシルというトマトとヨーグルトと炭酸を混ぜたような味がするものを食べたことがあるのだから、この手の物には慣れているつもりだ。
では、一口。
これは………………………………!
味は、普通だな。いや、それよりもこの鼻の奥底を着くようなこのアンモニアのような刺激しゅ……
「ガフッ、ゲホッゲホッ!」
「わっははははははははははははははははは!いい反応ですな!わははははははははははははは!」
このクソジジイが!まさか盛りやがったのか!?
鼻を刺激する、強烈な匂いに耐えきれず、盛大にお茶をぶちまけ、テーブルと依頼主の男性を青く染め上げた。
「なんなんですか!このお茶は!」
「このお茶はよくお客さん用に出すのですが、家に上がって変に緊張なさらないようにと、これを出したのです。ほら、今の貴方の怒りに満ちた顔、緊張がほぐれているでしょう?」
殴っていいか?
「ワシらの時代の風習でね、今これをする人は余りいない。久しぶりにいい反応を見させて貰ったよ。ありがとう」
青いお茶に濡れた顔を拭き取りながら楽しそうに話す依頼主。
殴っていいよな?
「そろそろ、本題に移っても?」
俺は今にも、依頼主の顔面に飛びそうな拳を抑えてクエストの話に話題を変える。
「おう、そうだったな。すまんすまん。忘れておったわい」
俺にお茶を飲ませる事がメインになっていないだろうか? この依頼主。
「ワタル君に頼みたいのはこのポーションの制作だ」
そう言って、取り出したのはガラス瓶に入れられた赤い液体。
それは、どことなく光輝いていて薬というより派手な絵の具のようだ。
「レシピはこれに書いてある。そんなに難しくないから初心者でも材料さえあれば簡単に作れる。そして材料がこれだ」
続いて出てきたのは、三つの材料だ。
「これをレシピ通りに調合すればいい」
「それだけですか?」
「ああ、それだけだ」
「すごく簡単なのに何故、ご自分で作らずにわざわざクエストを発注したんですか?」
「もう、僕も体が弱くてねえ、このポーション作るのに何時間もかかるのよ。今の僕には忍耐と精神力がもう耐えられないのさ。それにこの歳だ。ゴホゴホ」
わざとらしく咳をする依頼主。
「ちなみにこのポーションってどんな効果が?」
「気になるかい?」
「はい」
「飲んでみるといい」
顔の前にポーションの口をぐいと近づけてくる。
回復ポーションとか、力の増強ポーションとかだろうきっと。
いや、待てよ。
俺はさっき盛られたばかりだろう。
どうせ今回もろくな物じゃないに決まってる。
「さあ!迷ってないで飲みたまえ!」
「飲みます!飲みますから!」
俺は赤く輝く液体を一気に飲み干した。
味はとても不味かった。
良薬口に苦しと言う。
さて、特に体に異変はないが?
「どうだ、ワタル君。僕のポーションは」
「クソ不味いです。なんですか?このゴミみたいなポーションは? 製作者の頭は腐ってると思います」
なっ……!俺なんでこんな事を口に!?
「うん。正常に効果が出ているようだ」
「どういう事だ!答えて下さいクソジジイ!俺に何を盛ったんだ!」
「クソジジイなんて酷いなあ。これは『毒舌ポーション』だ」
「はあ?」
文字通り、飲むと発言の一つ一つが毒舌になるのだろう。
一体、このポーションの何処に需要があるのだろうか。
グリモワールを確認すると、わざわざご丁寧に「状態異常『毒舌』」と書かれている。俺の体とリンクしているとは、この本一体どういう仕組みだ。
「なんでこんなの作ったんですか?」
「いやあ、可愛い女の子に冷たい目で見られながら、心無いセリフを吐かれるとそそるだろう?」
「気色悪いな!」
「それだけじゃないぞ!泣き顔好きな人の為の号泣ポーションに絶望した顔が好きな人は絶望ポーション。更には取って置きの羞恥ポーションに幼児逆行ポーション等様々な性癖に合わせて用意しているのですよ!」
「いや、おかしいって!ポーションって言ったら体力や魔力を回復したりとか、ステータスを一時的に上昇させたりするものでしょう!?」
俺はテーブルを叩きながら猛抗議する。
「そんなポーションそこら中で売っているじゃないか!それじゃ面白くないよ!僕は世界でここにしかないポーションを作りたかったんだ!」
その才能を他の所に活かせよ。
このクソジジイはとっととくたばった方が世のためだと思う。
そして、このポーションを欲している奴も相当だ。
怒りの感情は無いのに、口から勝手に過激な言葉が飛び出して来るのはなかなか変な気分だ。
そして、こんなに多種多様なのはある程度需要がある証拠だろう。
規制されないのが不思議なくらいだ。
「そういう訳だから、ワタル君。紙に書いた通りに頼むよ」
「はぁ、なんかヤバい物作らさせてる気がするけど、折角引き受けたんだ。それじゃ、早速作ってきます」
俺は大量のポーションの材料と道具の入った箱を手に抱えながら家に戻る。
結構重い。こんな事ならレフォンを連れくるんだった。
これだけの量だ。いったいどれ程の数のポーションを作らされるのだろう。
逆にたくさんの量を必要とされているのなら、それはそれでこの街の住人たちの感性を疑いたくなる。
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