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14話 白の洗礼

 ――――ある朝のこと。


 窓の隙間から刺繍針の穴をすり抜けるように、吹き抜けてきた冷気が耳の奥へ突き刺さる。


 うう、寒い。

 しかし、冷気は徐々に強まっていき、布団の内部に侵入し、体のあちこちへと舐め回すように包み込む。


「寒いわ! おかしいだろ! なんでこんな寒いんだよ! ここの季節はまだ秋が始まったばかりだろ?」


 余りの寒さに目が覚めた俺はベッドから跳ね起きて、グリモワールを開き、今日のニュースを確認する。


 すると、案の定だ。


 ――――カルデラ周辺地域にて、異常な寒波。原因究明を急ぐ。


 ――――カルデラにて、雪を確認。強力なモンスターの出現が予想される。


「なんだよこれ……どうなってるんだよ!」


 ニュースの一面は、突然襲いかかった寒冷化現象の話題で埋め尽くされていた。

 俺はふと、外の様子を見ようと窓を開けようとするも、ビクともしない。

 窓の外側は氷でびっしりと固められている。

 外の様子を確認することができない。

 これほどまでの寒波、異世界だからこれが普通なのかと納得しかけたが、ニュースでここまで騒ぎ立てるという事は異常な事態なのだろう。



 俺は発熱魔法『ヒート』を唱えて、二階から降りて、リビングへ向かった。


「ううううう、寒いよぉ。死ぬぅぅぅ」


 ネフェリムも流石にこの寒さにはこたえたのか、朝にも関わらず珍しく起きていた。

 暖炉の傍で毛布に包まり、ガタガタと震えながら鼻水をかんでいる。


「ほらよ、『ヒート』」


「あ、ありがとう」


 ネフェリムに加熱魔法をかけてやると、ガクガク震えながら、お礼を言う。

 俺の魔法では、この寒さを凌ぐには力不足だ。


「そう言えばお前は、基礎魔法使えないのか?」


「うん、使えない。だって覚えるの面倒だもの。死霊術しか覚えてないわ」


 基礎魔法なんて面倒というほど、苦労するものではなかったのだが。


「おはようございます。寒いですね。『コールドレジスト・エンチャント』――!』 寒冷耐性付与魔法です。少しは楽でしょう?」


「「おおっ!」」


 レフォンも現れるなり、俺たちに魔法を掛けてくれた。

 ああ、魔法はなんて素晴らしいんだ。

 体から、冷気が吸い取られたかのように暖かく感じる。

 レフォンと俺の魔法の効果も相まって、かなり冷気を遮断できている。

 暖房すらない異世界だけど、やっと生活に馴染んできた気がする。


「よし、クエスト行くか!」


「え~これでもまだ寒いから寝たいんだけどー」


「わがまま言うな、今俺たち赤字なんだぞ」


 適当に朝食を済ませ、俺たち三人クエストに出ようと、ドアを開けた瞬間だった。


「「「…………………」」」


 ドアを開けると同時に、頭に冷たい物が降りかかる。

 家の屋根も道も、何もかもが白く染まっていた。

 外を一、二歩歩くと、雪がサクッサクッと潰れる。

 まさか、ここまで雪が降っているとは思っても見なかった。

 この天気ではクエストは困難だ。

 とにかく、晴れと雪ではクエストの内容は勿論だが、危険度が跳ね上がるらしい。

 モンスターだけでなく、自然までもが冒険者達に牙をむく。

 弱いモンスターは皆隠れ、強力なモンスターのみが外を堂々と闊歩する季節。


 俺はその場から下がり、家の中へ入って玄関を閉めた。


「止めよう、死ぬぞ」


「死にますね、間違いなく」


「良かった~これで暫くは寝ていられるわ!」


「そうですね、たまには家でダラダラ過ごしますか」


「そうだな」


 俺たちは今日のところ、クエストは断念する事にした。

 俺は椅子に持たれながら、グリモワールを読み漁る。ネフェリムは暖炉の前でボーッとしている。そしてレフォンは自室に籠っていった。


「って、駄目だろ!」


「うるさい!」


「うるさいじゃねえ! 俺たち赤字なんだ! これからどうやって食ってくんだよ!」


「…………あ!」



 クエストの報酬だけが命綱だった俺たちはこれから先の事なとすっかり忘れていた。

 突如として、やって来た謎の大寒波に対応を完全に遅れたのだ。

 食料の価値は跳ね上がり、尚更金が必要となる。この寒冷化もいつまで続くか分からないのだ。

 このままでは餓死がしの道を辿る一方だ。


「なあ、金を増殖する魔法とかってないのか?」


「ある訳ないでしょ、あったら皆やってるわ」


 ですよね。

 グリモワールで錬金術師(アルケミスト)という職業の存在を知ったが、そんな事が出来るはずも無く世の中そんな上手く行くもんじゃない。


 やはり、多少の危険を承知でクエストに行くべきか。



 冒険者ギルドにて――


「結局クエストに行くんじゃない」


「このままじゃ餓死する。耐えるんだ」


「今日も、叩いて、叩いて、叩きまくります!」


 レフォンは意外にも乗り気だった。

 ギルドに到着し、中に入ると冒険者達の様子はいつもよりかなり騒がしい。


「おい!嘘だろ!?この状況で大討伐を出すのかよ!?」


「俺たちに死ねってのか!?」


 これは只事では無さそうだ。


「何かあったんですか?」


 俺は近くいた、冒険者に聞いてみる事にした。


「ああ、この寒冷化でモンスターが環境に適応出来ずに凶暴化してな、いつこの街が被害を受けるか分からないらしい。だからこの街の冒険者を一斉派遣して討伐しようって話。しかもこの雪だ、ヤバいモンスターの仕業に違いない」


「ヤバいモンスター?」


「ああ。 ゴーレムタイタンやシルバートレントならまだマシさ、最悪ニーズヘッグなんて現れるかもしれない」


「そうか、ありがとう」


 確かにこれは冒険者達が怒るのも分かる。

 名前だけで、そのモンスターには敵わないと感覚的にわかる。

 ゲームでよく目にする、ゴーレムやトレントは巨大なモンスターだ。

 ゲームだから倒せるが、実際に存在するとなるとどれほど恐ろしい存在かは想像できる。

 ニーズヘッグは……少し見てみたい。

 ドラゴンの一種でもあるニーズヘッグはゲームによって姿形は違えどとても強力なモンスターだ。

 それに男ならドラゴンは一度も見てみたいだろう?


「なあ、レフォン。お前ならドラゴンが相手でも戦えるのか?」


「わっ、私に死ねと?」


「流石に無理か……」


「当たり前です!ベテランの冒険者でも好条件下でようやく勝てるような相手です!ここにいる全員でかかっても倒せるか、倒せないかといったところでしょうか」


 今ギルドには三十人くらいの冒険者がいるが、束になっても勝てないくらいの存在なのか。

 そして、今街の外にそれらの強力なモンスターがいるかも知れない状況で、一斉に駆り出されるときた。

 怒るのも無理はないだろう。


「皆さん!大変です!街の北で凶暴化したホワイトファングが街の直ぐそこまで来ています!どうかお願いします!街を助けて下さい!」


 ギルドの係員達は必死で冒険者達に懇願する。

 しかし、冒険者達はなかなか動かない。みんなこの天気での戦闘がどれ程危険かを理解しているのだろう。

 その時、一人の大剣を背負った男が声を上げた。


「このままじゃ殺られ損だ! お前ら!行くぞ!」


「だ、だが……」


 皆、命が惜しい。

 この戦いで死ぬかも知れないのだ。


「お前らはこのまま街を見捨てるってのか!俺は一人になっても戦い続けるぞ!」


 それでも、一人の男は勇敢にも戦うと言った。


「お前ら!よく聞け! この戦いで活躍して名を挙げれば、高額の賞金は愚か、美人の姉ちゃん達を何人も抱きながら寝れるかもしれないんだぞ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 その冒険者の欲望に塗れた発言に即発され、周りの冒険者達は次々に賛同し、武器を取り始める。

 最初に少し感動しかけたのを返せ。


「行くぞ、お前ら! 俺に続け!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


「俺が名を挙げるんだ!」


「いいや!俺だ!もしかしたら俺にかっこいい二つ名が着くかもしれないんだ!」


 冒険者達は街を守る!とか言った正義感ではなく、ただ単に名声が欲しいとか女にモテたいなんて欲望で動いているようだ。

街の門に一斉に駆け出していった彼らの後ろ姿を受付の獣人のお姉さんが冷めた目で見送っていた。


「私達も行きましょう」


「ええ! 本気で行くの? あの人達に任せましょうよ。ね?」


「ああ、そうだな。レフォンは活躍できるかもしれないが、俺とネフェリムは足でまといになるだけだ。ここは大人しく、彼らが無事に帰還する事を祈っていようじゃないか」


 俺とネフェリムがギルドの待合席に着いて、くつろぎ始めたときだった。


「………………『パワード・エンハンス』」


「えっ?レフォン?」


「何をする気だ?」


 俺とネフェリムはレフォンの左右の脇に担がれ、そのまま戦場へ放り出された。


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