僕と君との探検物語
僕は外を駆け回って遊ぶのが大好きなんだ。
狭い路地を抜けた先。
森の中に小さく開けた秘密基地。
丘を越えた草原から見える絶景。
見つけた世界は僕の物。
少しずつ増える宝物を確認するように、毎日綺麗な世界を探して回った。
ある日僕はバスに乗った。
僕はあまりバスに馴染みが無い。
だからそれだけでワクワクしたし、新しい世界に胸が高鳴った。
そこで見つけた古いお城。
建て付けの悪くなった門の隙間をすり抜け、僕はその中に足を踏み入れた。
一軒家とは違う作りに、大きさに僕は夢中になり城の中を駆け回った。
けれど、僕はふと気づいた。
今何時だろう。
僕はいつも夕暮れの空を見上げて家路に着く。
だけど、ここに来てもうどれくらいたっただろうか。
いつも外を走っていたから、何の気配もしないこの城に、急に心細くなった。風も吹かない無音の世界。
この巨大な箱に息づくものが自分だけだと言う事に、急に背中を寒く感じてしまって、僕は帰る事に決めた。
とことこと歩いて、階段を降りようと手摺りに手を掛けると、下からぎしりという音が響いた。
僕はぎくりと身体を強張らせ、咄嗟に手摺りにしがみつく。
そのまま恐る恐る階下を見下ろせば、同じようにこちらを見上げる一対の瞳とかち合った。
「「……」」
そこには僕と同い年くらいの少年がいた。
◇
「僕はネロ」
少年は名乗った。
「僕は……」
「いいよ」
答える前にネロは遮った。
驚く僕に少しだけ気まずそうな顔をして口を開く。
「次に会えた時に教えて」
少しだけ寂しい気がしたが、まあいいかと思った。
きっとその時友達になるんだ。
僕は頷いて、ネロと手を繋いで再び城の中を探検した。
僕は今までずっと一人で遊んでいたから、こうして誰かと時間を共有する事がこんなに楽しいなんて、初めて知ったんだ。
ネロは良くここで遊んでいるそうで、色々教えてくれた。
時間になると遊びに来る動物がいて、後で一緒に見に行こうと誘ってくれた。
僕はうん、と頷いて、それまで二人で城にある沢山の部屋を見て回った。
この城には昔お姫様が住んでいたんだそうだ。
ネロが会った事があると言ったので、僕は目を丸くした。
そして大人しくて可愛い子だったと聞いて羨ましく思った。
「そのお姫様はどこへ行ったの?」
ネロは困ったように笑って、きっと幸せなところ、とだけ口にした。
◇
そろそろ珍しい動物が来る時間だとネロが言うので、二人で城の端にある、続きの森まで歩いた。
ネロが隠れてと言うので、僕たちは茂みの影に潜み、息を顰めた。
すると、目の前を白い獣が横切った。
身体は白いのに、頭部に掲げる角は金色で……
僕は口を丸く開けて呆けた。
ユニコーンだ。初めて見た。
なんて綺麗なんだろう……
魅入っていると、ユニコーンが頭をふらりとこちらに向け、僕たちのいる方を見据えた。
ネロの喉がごくりと鳴るのが聞こえる。
じっと動けずにいると、ユニコーンがこちらに歩み寄り、僕の頭に顔を寄せ、食んだ。
驚いて固まる僕の横で、ネロもまた驚いて、腹を抱えて笑い出した。僕も釣られて、一緒になってひとしきり笑った。
そろそろバスが来る時間だとネロが言う。
帰る時間だ。
名残惜しいけれど、また城に来てネロと遊ぼう。
そしたら今度こそ名前を伝えて友達になるんだ。
僕たちは手を繋いでバス停に向かった。
夕焼けに染まる空に青が混ざり始め、一番星が煌めいた。
◇
バスに乗り込む僕の後ろを見送るように、ネロはバス停で後ろ手を組んだ状態でその場から動こうとしない。
「乗らないの?」
ネロはここへはバスで来たんじゃないのかもしれない。
「うん」
困ったように彼は笑う。
「じゃあ、またね」
手を振る僕にネロは首を横に振った。
「もう来ちゃ駄目だよ」
「え……」
「君は、もうすぐ、目覚める」
そう言ってネロは一度言葉を区切り、再び口を開く。
「現実の世界に帰るんだ」
「え……」
僕の中に唐突に疑問が浮かぶ。
僕はどこの誰で、さっき名乗ろうとしていた自分の名前は……何だったか……
「君が何も思い出せなくなっているのなら、きっと間違い無いよ……君は、戻れる」
ふと表情を消えたネロの表情が寂しそうで、僕は思わず手を差し伸べた。
「ネロも行こうよ!」
ネロは首を横に振る。
「行けないんだ……そのバスに乗れるのは、ユニコーンが認めた人だけだから」
「ネロ……」
差し出した手が、指先が震える。
「でも、僕もそろそろ迎えが来るから」
そう言って笑うネロの顔は明るくて。
僕は思わず口にした。
「幸せな、ところ?」
「そう、幸せなところ」
────お姫様と同じ場所。
「ネロ……」
「もう行くんだ」
ネロがそう言うと、バスのドアが閉じた。
「ネロ!」
僕は窓に駆け寄り、身を乗り出して彼の名を叫んだ。
ネロは眩しそうに目を細め、手を振った。
「僕の事、忘れないで」
その言葉を僕の胸に残して。
◇
白い世界に目覚めれば、色々な情報が頭に流れ込んでくるような……
今まで自分がいた世界は、きっと僕が作って住んでいた、僕だけの世界だったんだ。
今までの世界では曖昧だった温もりを手に感じて、そちらに目を向ければ、両親が目に涙を浮かべて僕を見ていた。
僕も泣いた。
何に泣いたんだろう。
この世界に、生まれてきた事に、また目覚めた奇跡に。
そして────
ネロ。
君はまだここにいるのかな。
約束を覚えているかい?
もう一度会えたら、今度こそ僕たちは友達だ。
子どもの頃見た夢が原作だったりします。
不思議な夢を見たものです。