無数の星から(1)
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長い暗闇の中にポツンと一つの錆びた扉があった。電飾はおろか鍵穴も見当たらない。しかしその寂れた扉の向こう側からは、似つかわしくない陽気な談笑が聞こえてくる。
ここが目的の場所と願い、意を決してドアノブを回して扉を開けると、扉が少し歪んでいた様で地面を擦る鉄の甲高い音が入店のベルみたいに室内へと響いた。
水色の照明で照らされた室内は海の中を思わせるほど暗い酒場となっていた。先ほどまで談笑をしていた客達は静まりかえり、こちらに鋭い一瞥を向けてきた。心なしか店内で流れている小気味の良い音楽ですらこちらを伺っているかの様に小さく聞こえる。
見回してみると客層はばらけており別種多様老若男女と様々な星の種族が揃っている。注目されていることへの羞恥心を振り払う様に、被っていたフードをより深くかぶりなおし、一歩前へと踏み出すと扉に続き木製の床が悲鳴を上げた。一瞬だけ体が強張り足は止まりそうになるが、それでもカウンターにいるバーテンダーへと進み続けた。
バーテンダーの前まで来ると、彼はこちらを一瞥しただけで特に気を止める事はしなかった。
「……人を探してるのだけど」
背後から客達の視線を感じながらも勇気を振り絞り震えた声でそういうと、「何も頼まないなら帰りな」と、こちらを見ずに語気を強めてバーテンダーが言う。
「……水をお願い」
そう答えると、バーテンダーは呆れた表情をし、コップに水を注ぎ優しく目の前に置いてくれた。彼のバーテンダーとしての誇りがそうさせたのだろう。それを手に取り一気に飲みほすと、気道に少し入ってしまいむせてしまった。
しばらくして咳が緩和されると、「……私はキャプテンを探しているのだけれど、ここにいる?」と、再度質問をした。
すると、先ほどまで静まり返っていた客達が一斉に「ブワッハハハ!」と豪快な笑い声を上げた。
突然の笑い声にびっくりして後ろを振り返る。すると一人の眼帯をした初老の男性が声高に、「ここに居る奴がほとんどキャプテンだよ!俺もそうさ!なんならこいつもな!」と、隣の皺めた顔の老婆を指さした。
「指を向けるんじゃないよ」
老婆はお酒の入ったコップを手に取ると同時に、静かにとコートの下に隠していた三、四本目の腕を出す。その手には年季のはいった銃が握られていた。銃口は初老の男性に向けられていたが男性は動じる事なく、「おっとすまねぇな。気を悪くするな」そう言って両手を上げてひらひらと降参と言わんばかりに軽く振って見せた。
そのやり取りを見ていると、「分かったなら帰りな。ここはお前のような子供の来るところではない」バーテンダーが隣の客に酒を出しながら言った。
「探しているのはただのキャプテンじゃない!キャプテン・スターよ!」そう言い返すと。先ほどの笑いで戻りかけていた酒場の談笑がまたしても消えた。
やっとこちらに顔を向けたバーテンダーは不機嫌そうに、「あっちだ」と室内の奥にあるテーブルを指さした。私は「どうも」と、小声で答えて足早で向かった。
そこには人間が四人座れそうなソファーに、横たわりながら中折れ帽で顔を隠してる男性が居た。テーブルの上には空きの酒瓶がいくつも置いてあり、横にはこの星の硬貨が積まれている。
「あなたがキャプテン・スター?」
男性に聞いてみるが答えは返ってこなかった。「聞こえている?」と一歩前に踏み込むと、勢い余ってテーブルにぶつかってしまう。すると空きの酒瓶が倒れそのまま転がりテーブルから落ちてしまった。
「あっ!」と、反射的に手を伸ばすが、先に横になっていた男性が落下中のその酒瓶を掴んだ。男性は上体を上げて中折れ帽を被るとソファーにしっかりと座った。
「……なんの用だ」
男性は茶色のフロックコートに藍色のズボンを履いており、何故か首に2本のネクタイを掛けている。顔は老けているようにも見えるし、若くも見える彫りの深い顔をしている。少しだけ伸びた髭が程よく清楚そうな顔立ちに不潔さを感じさせる。
「あなた、キャプテン・スターよね?」
もう一度聞くと、「……そうだ。みんなからはスターと呼ばれている。面白い皮肉だろ」彼はそう言ったが、面白そうな表情は浮かべず、テーブルの酒がまだ残っている瓶を手に取った。
「あなたの噂を聞いて……私をーー」
「断る」彼は聞く前に即答し、「どうも面倒ごとのようだしな」
「最後まで聞いてもいいじゃない!」
「顔も見せないヤツの頼みを聞くかよ」
スターがコップに酒を注ぎ始めると、注がれた酒は透明から徐々に水色へと色が変わったかと思うと、量が増えるにつれて黒ずみ藍色へと変化した。その中には小さな黄色く光る泡が漂い始めた。
「それもそうね」
私はずっと被っていたフードを取る。
そこには中性な顔立ちをした若人がいた。絹を連想させる綺麗な金髪が肩まで伸びており、瞳は赤くすべてを巻き込み燃え盛りそうな意志を感じる。
スターはその顔を見ると酒を注いだまま固まり、コップから酒が溢れ始めた。
藍色だった酒がテーブルに溢れると完全な黒色に変わり、星のように黄色い泡の粒が割れたり結合したり、大きく膨れたりと様々な状態に変化を見せた。
「……すまない。知り合いに似ていたもんで」少しの沈黙が流れたあと、「君の名前は?」スターは酒瓶をテーブルに置いて真剣な表情で尋ねた。
「アリアよ」と澄ました顔で答えた。顔立ちの良さに見惚れたでしょ。そう言わんばかりの表情だとスターは思った。
「アリアか……わかった。手を貸そう」
なんとも無いと思わせる態度で立ち上がる。「外に出るぞ」とアリアより先に室外へと向かった。
スターとアリアは酒場から出ると、かろうじて足元が見えるくらいの暗い通路が続いていた。スターは慣れた感じで歩いていくが、アリアは目を凝らしながら足元を見ながら歩いた。後ろでは先ほどまで談笑が少なかった店内がまた騒がしくなっていた。
通路の終わりに着くと階段があり、その階段の上にも扉がある。
扉を開けると、何処にでもある夜の路地裏が姿を見せた。建物の壁には字体が複雑な落書きと、剥がれかけのポスターの切れ端が張り付いている。
街灯はなく、飲食店や雑貨屋の裏口にある外灯だけがこの路地を点々と照らしている。
マンホールから立ち上るスチームが少しばかり視界の邪魔をして、表道路の灯りがどこか遠く感じる。なによりも臭いが最悪だ。
ちょっと遠くから忙しく走り回る複数の足音が聞こえた。もう時計の針が天井を過ぎているのに関わらず、ここまで規則正しく、かつ複数に聞こえる足音が街中に木霊するのは本来考えられない。
咄嗟に扉の奥へと戻り、アリアをその中へと引き寄せてから扉をそっと閉じた。この扉はフェイクアートのように壁と似た模様となっており、店の位置を知らなければ見つけるのが困難となっている。
アリアも最初は扉に気づかず何度も右往左往した。
複数人の足音が扉に近づいて来る。
アリアは引き込まれた時に声を挙げそうになったが、口を塞ぎ、静かにと口に人差し指を当ててジェスチャーした。
「最後に見られたのがこの路地だ」
そう言って足音が扉の前を素通りしていく。しばらくして扉を少し開き辺りを確認しながら再び外へと出た。
「お前、追われてるのか?」アリアに尋ねるが、目を伏せて小さく頷くだけだった。
「余計な面倒はごめんだからな、事情は詳しく聞かないし、言うな。どうせお前の目的は安全にこの銀河を出ることだろ?」
アリアはその言葉に驚いき、どうして分かったかを尋ねようとしたが、彼は言葉を待たずに歩き始めると二人は路地裏を後にした。
はじめまして執筆者の鬣レオです。
まだまだ若輩ものですが、壮大な宇宙冒険譚を描いていきたいと思います。
シーンや設定はある程度は決まってるのですか、
構想がまだ固まっていなくて、多分何度か手直ししながら書いて行きますが、良ければお付き合い下さい。
描写不足や分かりづらい部分が有ればご指摘もお願いします。