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短編集  作者: 石月 ひさか
夜の公園
8/28

「殺っちまえ!」


「行けぇ!!」


たくさんのギャラリーに囲まれ、近藤はガタイのイイ男と睨み合っていた。


互いに傷だらけになり、肩で息をしてタイミングを窺っている。


「テメェ、目障りなんだよ!!」


角材が降り下ろされるが、近藤は間一髪で身を翻す。


鈍い音を立て、腐りかけの木棒がコンクリートに叩き付けられた。


「それはこっちの台詞だ!イキがりやがって!」


「んだと!?」


あからさまな挑発に乗り、男はめちゃくちゃに角材を振り回す。


何人かのギャラリーにそれがぶつかり、血が飛んだ。


「今日こそテメェを殺してやる!!」


そう叫ぶ男の目は尋常ではなかった。


項がチリチリとむず痒くなり、笑みが抑えられない。


「殺せよ。テメェにできんならなァ!!」


叫び、懐からナイフを取り出した時だった。


「深雪!」


どこからか慣れない名前を呼ばれ、ピクリと反応する。


深雪とは自分の名前だ。が、少なくともこの場にいる人間で、その名前を知る者はいないはずだ。


その名前で呼んだのは一体誰か。


血相を変えて振り向いた瞬間、手を引かれて輪から連れ出された。


「な、なんだよテメェは!!」


振り払おうとしてもできない。


手を掴み、前を走っているスーツ姿の男に悪態を吐く。


しかし男は振り向く事無く、近藤を路地裏へと連れ込んだ。


「お前、素手主義じゃなかったのか?」


小馬鹿にしたような声を聞き、目を見開く。


口調は違うが、この声には聞き覚えがある。


「なんでこんな馬鹿な場所にいるんだよ。高校に行けって言っただろ」


その言葉を聞いたとたん、頭の中にある人物の顔が浮かんだ。


あり得ない。

まだ4年経っていないのだから。


頭の中でそう繰り返す。


しかし勝手に体が動き、恐る恐る近付く。


「ま……まさか、公一か?」


月を隠していた雲がゆっくり流れ、男の顔を写し出す。


「あぁ。ただいま」


それは正しく公一だった。


この2年間一度も姿を見せなかった、悪友の。


「なんでここに……大学は4年なんだろ!?」


思わず涙が溢れそうになり、慌てて顔を反らす。


「まぁ大学は4年なんだけどな。お前を迎えに来たんだ」 


公一はどこか照れた様に笑った。


「迎え……?なんだそれ」


何故自分を迎えに来るのか。


意味がわからず、顔を上げる。


その瞬間、公一に抱き締められていた。


「お前が18歳になったら、一時帰宅しようって思ってたんだよ」


男である自分が、男の公一に抱き締められるなんて、あり得ない。


しかし振り払おうにも、全く腕が動かない。


「なんで俺を──」


「結婚しよう」


低い声が耳元で囁く。


言葉を失った。


更に公一は続ける。


「お前は確かに強い。強いし、ライバルだ。でもやっぱり俺の中では女なんだ。お前を好きになって、結婚したいと思った。だから外国に行ったんだ」


突拍子もない、まさかのプロポーズの言葉に耳を疑う。


今まで公一は、こんな優しい言葉使いをした事はなかった。


しかし深雪は、何故かとても懐かしく、嬉しいと思った。


文句の変わりに出たのは、自分でも予想外の言葉だ。


「オレは、公一に相応しくない。高校にだって行かなかった。毎日ここで喧嘩ばかりしてきた。だから──」


駄目だと思っても、涙が流れてしまう。


公一はそんな深雪の頭を優しく撫でる。


「お前だから俺の家族に相応しいんだ。うちの親だって反対しないさ。だから、結婚しよう」


「……」


目を閉じ、抱き着く。


スーツに顔を擦り寄せると、懐かしい匂いがした。


その時やっと気付いた。

いや、気付かされた。


深雪もずっと前から、公一を男として見ていたのだと。


だけど彼は、深雪を女としては見ていない。


そう思っていたからこそ、ずっとライバルで在り続けたかった。


「公一」


「なに?」


素直に自分の気持ちを伝えるのが、こんなにも難しいとは思わなかった。


だが言わなければならない。例えどんなに恥ずかしくても。


「オレも公一が好きだ。ずっと……」


その言葉に、公一は穏やかに笑う。


「知ってたさ。だから迎えに来た。一緒に行くぞ」


「……あぁ」


どこに行くのか。

何をしに行くのか。


既に冷静な判断はできていない。


殆んど勢いで、男である事を捨て、本来の姿へと戻る道を選んだ。


しかし、それは簡単な事ではなかった。

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