⑦
2年後。
飛行機から降りたスーツ姿の男は、空港内の時計を見る。
時差のせいで気付かなかったが、もう夜の8時を過ぎていた。
ネクタイを直しながら出口に向かう。
目についたタクシーに乗り込み、目的地を告げた。
地名を聞いた運転手は、聞き間違えではないかとバックミラーを見る。
「失礼ですが何故そんな場所に?こんな時間にはあまり行かない方が良いですよ」
「いや、地元なんですよ」
微笑み、携帯電話を取り出して視線を落とす。
これ以上話しかけるなというオーラを感じたのか、運転手は黙って告げられた目的地へ車を走らせた。
着いた場所は、あまり治安の良くない市街地だった。
地元の間では、不良の溜まり場として夜は近付く人間はいない。
至るところから殴り合いの声が聞こえ、物の壊れる音が響いている。
運賃を払って車を降りると、闇の中へと消えて行った。
「確かここの筈なんだけどな」
携帯を見ながら呟き、辺りを見回す。
壊れたフェンスに、明かりの灯らない街灯。
崩れかけた廃墟の壁には無駄に上手いペイントアートが施されている。
不気味だが妙に陽気な雰囲気は、まるでダウンタウンの一角の様だ。
奥へ進んで歩いていると、派手な髪色に刺青を施した2人組が歩み寄って来た。
「いいスーツ着てんじゃん」
「金持ってそうな顔でウロウロしやがって。カツアゲしてくださいって言ってるようなモンだぜ」
チラリとポケットからナイフを見せ、ニヤニヤしながら言う。
しかし、スーツの男は微動だもせずに2人を見つめる。
「この辺に近藤って奴はいないか?金髪の丸坊主で、ダウンベストを着ている」
「近藤?んな奴知るかよ」
「坊主にダウンの野郎なんかたくさん居んだろ。俺だってそうだぜ?」
笑みを浮かべ、月の光で光るナイフが喉元にあてがわれた。
首筋に当たる、ヒンヤリと冷たい刃。
それはまだ一度も血を浴びていない、真新しい感触だった。
「ここは、金持ちそうな奴がウロついていい場所じゃねぇんだよ」
「取り敢えず、死にたくなきゃ通行料を払って貰おうか」
首筋に当てたナイフが、軽く引かれる。
その瞬間刺青の2人は地面に倒れていた。
「なっ……テメェ、一体何なんだよ!?」
意識のある方に近づき、腕をねじあげる。
関節をやられる痛みに、男は情けない悲鳴を上げた。
「名前は近藤。見た目はよくわからないが、多分金髪丸坊主で女みたいな顔した奴だ。ここにいるだろ?教えろ」
穏やかだが、どこか圧迫感のある声で言われ、男は僅かに身を震わせる。
やがて観念したのか、小さく呟いた。
「この奥の……公園だ。奴らはいつもそこに居る」
「公園?アイツ等は本当に公園が好きだな」
苦笑いを浮かべると、低い位置から頭を地面に叩きつけて気絶させる。
「──なんでこんな場所にいんだよ」
ナイフを遠くに投げ捨て、ため息をつきながら奥へと進んで行った。
左右には同じような雰囲気の男達が、じっと彼を睨んでいる。
しかし幸いにもどこかで派手な喧嘩が始まり、絡まれる事はなくすんなりと公園に辿り着く事が出来た。
「なんだか辛気臭い場所だな」
塗装の禿げたアーチをくぐり、園内に入る。
そこには数人の男達がおり、彼を見た瞬間驚いて立ち上がった。
「久しぶりだな」
「…………」
パクパクと口を動かすが、言葉が出ないらしい。
暫くそうしていた後、佐々が声を上げた。
「せ、先輩!?」
「あぁ。久しぶり」
「なんでここに!?それに、その格好──」
この数年で、公一はすっかり変わった。
くすんだ色の金髪を黒く染め上げ、皮のジャケットの代わりに細身のスーツに身を包んでいる。
「急にいなくなって悪かった。近藤はどこだ?」
「え?近藤?アイツなら多分、どっかで喧嘩してると思いますけど──」
「相変わらずなんだな、アイツも」
呟き、先ほどの騒ぎを思い出す。
眉を寄せると、公一は来た道を戻って行った。