⑥
暴れ回った後、2人はいつも人気の無い公園のベンチに座り、空を眺めていた。
「なぁ」
「なんだよ」
公一の言葉に、近藤は当初は見せなかった、自然な笑みを浮かべて答える。
「お前さ、どうしてそんなに強いんだ?」
ケンカをしている最中、公一はいつも近藤が彼ではなく彼女だという事を忘れてしまう。それほどに『彼』は強かった。
「さぁな。よくわかんねぇ」
僅かに光る星を見つめ、ぼやく。
強いという自覚はあるようだが、近藤自身、何故そうなれたのかは覚えていないらしい。
その答えに、公一は「そうか」と呟く。
「強い事は悪い事じゃないしな。だけど不思議なんだよ。お前は殴られても、何をされても怖じけない。だから相手も圧倒されて、足元をすくわれる。恐怖心は抱かないのか?」
正直、俺は怖い。
公一は素直に、誰にも話せなかった胸の内を語る。
「臆病だとか、そういうんじゃなくてさ。人間が無条件で恐怖を感じるものってあるだろ。ナイフとかもその類いだ。素手の状態の時にそんなモンを出されりゃ、誰だって怖いと感じる筈だ」
「何が言いたいのかわかんねぇよ」
近藤は小馬鹿にした笑みを漏らし、煙草に火をつけて吸う。
「つまり何が言いたいかと言うと……お前には恐怖心がないのかって意味だよ」
公一もポケットから取り出すと、ごく自然な仕草で近藤の煙草に押し当て、火をつけた。
「恐怖心ねぇ。そういやあまり感じた事ねぇわ」
煙草をくわえながら、近藤はまるで懐かしむように目を細める。
そしてしばらく考えた後、ポツリと呟いた。
「オレには、まともな親がいないから」
「親?」
それが恐怖心と何が関係あるのだろうか。
公一は黙って続きを待つ。
「母親は、オレが小さい頃に出て行った。父親はダメ男でさ。酒ばかり飲んでいた。今までオレを叱る様な奴は誰1人いなかったんだ。だからオレには、絶対的に怖い人間ってのがいない。子供にとって無条件で怖いのは親だろう?オレにはそんな両親はいなかった。だからかもしれない」
「…………」
そう言う表情は、どこか寂し気に見えた。
目が潤んでいる様に見えるのは冷たい風のせいだろうか。それとも───。
「まぁぶっちゃけ、よくわかんねぇけどな。つーかどうでもいい。下らない」
「あぁ……」
近藤の私生活のことはよくわからない。
だが両親はまともではなく、ちゃんとした生活や教育とは無縁だったのだろう。
正直、公一の環境は、近藤程酷くはない。母親がいないという点では同じかもしれないが。
しかし、抱いている孤独感や寂しさは同じである気がした。
『コイツはどこかで見たことがある』
痣だらけの横顔を見ながら、公一はそう思った。
自分がこうなった過程を理解しつつも変われない。
解決策を知っていながらも、そちらに向かっての1歩が踏み出せない。
強いフリをした臆病者だ。
臆病者故、誰かを痛め付けていないと安心できないのだ。
(あぁ、コイツは似てるんだ。──俺に)
もしかしたら同じ苗字のせいかもしれない。
または、育った家庭環境のせいかもしれない。
どれもしっくりこなかったが、そんな必然的な理由をつけておきたかった。
そして、2人がつるむようになって2年が過ぎたある日の事だった。
真夜中の公園のベンチに座り、公一は夜空を見上げながら、ポツリと呟く。
「俺、高校卒業したら抜ける」
「は?」
突然の事に、近藤は目を丸くする。と同時に、らしくない程慌てだす。
「な、なんでだよ」
公一がいなくなれば、このメンバーは事実上解散だ。
きっとそれを心配しているのだろう。
狼狽える近藤をよそに、公一は続ける。
「卒業したら、大学に行くんだ。今まで好き勝手させてもらったからさ。今は良くても一生このままってわけにはいかねぇし」
「…………」
恐らく近藤自身も、ずっとこのまま好き放題やっていられるとは思っていないだろう。
返す言葉が見つからないのか、視線を泳がせている。
「多分4年間は会えないと思う」
「どこに行くつもりなんだよ」
仮にを抜けたとしても、会おうと思えば会える。
特別な理由を除いては。
近藤はせめて顔だけでも出せと言ったが、首を振った。
「それは無理だ。俺は外国に行くから」
「外国!?なんでだよ。大学なんてもっと近くにあんだろ!」
「ないんだよ。普通の大学じゃねぇからな」
「なんだよそれ」
普通じゃない大学とは何か。全く予想すらできない。
恐らく彼はそう思っているだろう。
今では言葉を聞かなくても、近藤の心情は手に取るようにわかる。まるで双子のように。
「とにかくこれはもう、決めた事だ」
「笹川とか、みんなは何て言ったんだ?」
悪友の近藤ですら止めようとしている。
きっと親友の笹川なら、断固反対するだろう。
だから敢えて、公一は小さく首を振る。
「アイツ等には言ってない。お前だけだ。だから絶対言うなよ」
「オレだけ?」
どういう意味なのかわからない、といった顔で眉を寄せる。
「そう。お前だけ。ついでに今年受験だろ。ちゃんと高校だけは卒業しろよ」
そう言い、肩を叩いて立ち上がる。
「ま──」
そのまま歩みを進め、公園から出て行く。
もうこれ以上、近藤とは話したくなかった。
仲間と離れ、海外に行くと決めるにはたくさんの時間がかかった。
これ以上寂しさを増やせば、気持ちが揺らいでしまいそうだ。
「待てよ公一っ」
後ろから、近藤の悲し気な悲鳴がした。
だが敢えて無視し、歩みを進めた。
それから暫く、近藤に会う事はなかった。