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短編集  作者: 石月 ひさか
夜の公園
6/28

暴れ回った後、2人はいつも人気の無い公園のベンチに座り、空を眺めていた。


「なぁ」


「なんだよ」


公一の言葉に、近藤は当初は見せなかった、自然な笑みを浮かべて答える。


「お前さ、どうしてそんなに強いんだ?」


ケンカをしている最中、公一はいつも近藤が彼ではなく彼女だという事を忘れてしまう。それほどに『彼』は強かった。


「さぁな。よくわかんねぇ」


僅かに光る星を見つめ、ぼやく。


強いという自覚はあるようだが、近藤自身、何故そうなれたのかは覚えていないらしい。


その答えに、公一は「そうか」と呟く。


「強い事は悪い事じゃないしな。だけど不思議なんだよ。お前は殴られても、何をされても怖じけない。だから相手も圧倒されて、足元をすくわれる。恐怖心は抱かないのか?」


正直、俺は怖い。

公一は素直に、誰にも話せなかった胸の内を語る。


「臆病だとか、そういうんじゃなくてさ。人間が無条件で恐怖を感じるものってあるだろ。ナイフとかもその類いだ。素手の状態の時にそんなモンを出されりゃ、誰だって怖いと感じる筈だ」


「何が言いたいのかわかんねぇよ」


近藤は小馬鹿にした笑みを漏らし、煙草に火をつけて吸う。


「つまり何が言いたいかと言うと……お前には恐怖心がないのかって意味だよ」


公一もポケットから取り出すと、ごく自然な仕草で近藤の煙草に押し当て、火をつけた。


「恐怖心ねぇ。そういやあまり感じた事ねぇわ」


煙草をくわえながら、近藤はまるで懐かしむように目を細める。

そしてしばらく考えた後、ポツリと呟いた。


「オレには、まともな親がいないから」


「親?」


それが恐怖心と何が関係あるのだろうか。


公一は黙って続きを待つ。


「母親は、オレが小さい頃に出て行った。父親はダメ男でさ。酒ばかり飲んでいた。今までオレを叱る様な奴は誰1人いなかったんだ。だからオレには、絶対的に怖い人間ってのがいない。子供にとって無条件で怖いのは親だろう?オレにはそんな両親はいなかった。だからかもしれない」


「…………」


そう言う表情は、どこか寂し気に見えた。


目が潤んでいる様に見えるのは冷たい風のせいだろうか。それとも───。


「まぁぶっちゃけ、よくわかんねぇけどな。つーかどうでもいい。下らない」


「あぁ……」


近藤の私生活のことはよくわからない。


だが両親はまともではなく、ちゃんとした生活や教育とは無縁だったのだろう。


正直、公一の環境は、近藤程酷くはない。母親がいないという点では同じかもしれないが。


しかし、抱いている孤独感や寂しさは同じである気がした。


『コイツはどこかで見たことがある』


痣だらけの横顔を見ながら、公一はそう思った。


自分がこうなった過程を理解しつつも変われない。


解決策を知っていながらも、そちらに向かっての1歩が踏み出せない。


強いフリをした臆病者だ。


臆病者故、誰かを痛め付けていないと安心できないのだ。


(あぁ、コイツは似てるんだ。──俺に)


もしかしたら同じ苗字のせいかもしれない。

または、育った家庭環境のせいかもしれない。


どれもしっくりこなかったが、そんな必然的な理由をつけておきたかった。


そして、2人がつるむようになって2年が過ぎたある日の事だった。


真夜中の公園のベンチに座り、公一は夜空を見上げながら、ポツリと呟く。


「俺、高校卒業したら抜ける」


「は?」


突然の事に、近藤は目を丸くする。と同時に、らしくない程慌てだす。


「な、なんでだよ」


公一がいなくなれば、このメンバーは事実上解散だ。

きっとそれを心配しているのだろう。


狼狽える近藤をよそに、公一は続ける。


「卒業したら、大学に行くんだ。今まで好き勝手させてもらったからさ。今は良くても一生このままってわけにはいかねぇし」


「…………」


恐らく近藤自身も、ずっとこのまま好き放題やっていられるとは思っていないだろう。


返す言葉が見つからないのか、視線を泳がせている。


「多分4年間は会えないと思う」


「どこに行くつもりなんだよ」


仮にを抜けたとしても、会おうと思えば会える。


特別な理由を除いては。


近藤はせめて顔だけでも出せと言ったが、首を振った。


「それは無理だ。俺は外国に行くから」


「外国!?なんでだよ。大学なんてもっと近くにあんだろ!」


「ないんだよ。普通の大学じゃねぇからな」


「なんだよそれ」


普通じゃない大学とは何か。全く予想すらできない。


恐らく彼はそう思っているだろう。


今では言葉を聞かなくても、近藤の心情は手に取るようにわかる。まるで双子のように。


「とにかくこれはもう、決めた事だ」


「笹川とか、みんなは何て言ったんだ?」


悪友の近藤ですら止めようとしている。


きっと親友の笹川なら、断固反対するだろう。


だから敢えて、公一は小さく首を振る。


「アイツ等には言ってない。お前だけだ。だから絶対言うなよ」


「オレだけ?」


どういう意味なのかわからない、といった顔で眉を寄せる。


「そう。お前だけ。ついでに今年受験だろ。ちゃんと高校だけは卒業しろよ」


そう言い、肩を叩いて立ち上がる。


「ま──」


そのまま歩みを進め、公園から出て行く。


もうこれ以上、近藤とは話したくなかった。


仲間と離れ、海外に行くと決めるにはたくさんの時間がかかった。


これ以上寂しさを増やせば、気持ちが揺らいでしまいそうだ。


「待てよ公一っ」


後ろから、近藤の悲し気な悲鳴がした。


だが敢えて無視し、歩みを進めた。


それから暫く、近藤に会う事はなかった。

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