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短編集  作者: 石月 ひさか
夜の公園
5/28


「お前の名前は」


取り敢えず応急措置を施し、公一は涙目で睨んでいる近藤に問う。


「だから近藤だ!」


「苗字じゃなくて名前だ」


「知らねぇよ。なんでもいいだろ!」


女と知られたのがよほど屈辱だったのか、そう言ったきり口を閉ざしてしまった。


仕方なく佐々に視線をやる。


「お前、コイツの事知ってんだろ?」


「はい、一応。うちの1年ですから」


「1年?」


耳を疑った。てっきり自分と同じ、高校1年だと思っていた。


だが佐々が通っているのは中学だ。という事はつまり──。


「お前中1か!?」


「…………」


自分達は13歳の少女を相手に殴り合いをしていた。


それを知らされ、複雑な気分にならざるを得ない。


「コイツの名前はなんて言うんだ?」


「確か、近藤深雪とかって」


「近藤深雪──」


見た目にそぐわず、妙に女らしい名前だ。


それが罪悪感に追い打ちをかける。


「マジかよ。ガキの女相手に」


顔を覆い、ため息を吐く。


「いい加減にしろよ!女だからなんだっつーんだ!?性別で相手選ぶのかよ!」


「当たり前だろ。女なんか殴れるか!」


濡れタオルを投げ付け、立ち上がる。


正直公一は動揺していた。


女の扱いに慣れている筈が、気付く事ができなかった。


そして何より、女相手の喧嘩を楽しいと感じてしまった事に。


恭平を始め、周りもかなりショックだったらしく、根性焼き続行の声は上がらなかった。


「おい」


近藤は黙りながらこちらを睨む。


「お前、うちの仲間に入るか?」


「え!?先輩、何言ってんですか!?」


とたんに周りがざわめきたつ。


しかしその言葉に1番驚いていたのは公一自身だった。


「アンタ、俺に負けたから悔しいんだろ?」


誘いの言葉に、近藤はニヤリと笑う。


まるでずっとその言葉を待っていたかのようだった。


「確かにそれもある。だけどお前が初めてなんだよ。喧嘩して、楽しいと思った奴は」


コイツは女として見られる事を拒んでいる。


だとすると、この言葉が一番妥当なのだと思った。


「お前は俺のライバルだ。だからどうしてもって言うなら入れてやらない事もない」


そう言いつつも、近藤が首を縦に振る事を確信していた。


そして案の定、奴は僅かに笑みを浮かべて頷いた。


「まぁ、アンタがどうしてもっつーなら、入ってやるよ」


「素直じゃねぇ奴だな」


互いに顔を見合せ、笑う。


彼女──いや、彼が本来の性別を疎ましく思っているのはありありと感じられる。


近藤には喧嘩の素質があった。


その成長ぶりを見たい気持ちと、このまま野放しにはしておけない危機感と、複雑な感情が公一を動かした。


この時2人の間に男同士の友情が生まれた。


それは誰が見ても明確にわかるものだった。


それから2人は、同列の人間ならば誰も太刀打ちできない程の強いコンビとなった。


近隣の中学は勿論、高校生ですら彼等には敵わない。


互いに性別の事は忘れ、毎日ケンカに明け暮れる。


近藤は、相手が泣こうが喚こうが容赦はしなかった。


理性の奥底に潜む、人間としての冷酷さと残酷さ。


形は違えども、その度合いは等しかった。


公一はイキがっている人間が懇願し、それを踏みにじる事を楽しみ、近藤は証を焼き付ける事を楽しんだ。


そしていつしか近藤は、あんなに恨んでいた従来の仲間ですら一目置く程の『男』へと成長していった。


それは決して格好が良いものでも、褒め称えられるものでもない。


頭ではわかっていたが、思春期の彼等には欲望を抑える事が出来ない。


何の疑問も罪悪感も抱かず、自分達に歯向かう者は弱者でも強者でも構わずに殴り倒し、屈伏させた。


辺り一面に横たわる気絶した人の数々が、まるで自分がこの世の支配者の様に錯覚させる。


世の中は下らない。

まともに生きる価値等ない。


それが2人の共通する考えだった。

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