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短編集  作者: 石月 ひさか
夜の公園
4/28

「ったく……」


気絶したのを確認し、周りで見ていた後輩達に、捕らえておくように指示する。


「おい、公一。俺にやらせてくれ!」


地面に落ちていた紐で腕を縛られる近藤を睨みながら、恭平は狂った様に叫ぶ。


しかし公一は、眉を寄せて首を振った。


「駄目だ。俺がやる」


「なんでだよ!?目には目をだろ!俺にも権利はある!」


どうやら恭平は、公一が手柄を独り占めしようとしていると解釈したらしい。


思わず怒鳴り付けたくなり、ぐっと拳を握った。


人を痛め付ける権利なんて、もともと誰にもない。勿論、自分にも。


しかし仲間をやられて黙っているわけにもいかない。


「いいからお前は大人しくしてろ。余計な手出しはすんな」


穏やかに、だが怒りを込めた声で言うと、恭平は何かを覚り、舌打ちをしてそっぽを向いた。


目には目をと言うのなら、当然仕返しは恭平がする方が正しい。


しかしこのハンムラビ法典の趣向は、対等な人間が対等な報復をする主目的としている。


目を潰されたのなら目を。歯を砕かれたのなら歯を。


それ以上の事はしてはならない。


今の恭平に任せれば、間違いなく近藤を半殺しにしてしまうだろう。


そして、この男に傷をつけるのは自分以外は許せないという、妙な我が儘もあった。


恭平でも、佐々でも安藤でもない。


この俺が、近藤に負けた証をつけてやりたい。


それだけはどうしても譲りたくなかった。


────────────────


「先輩」


暫くし、仲間に呼ばれて振り向く。


近藤の意識が戻ったのを確認し、煙草を手にしながら歩み寄る。


近藤は暫く痛みに眉を寄せていたが、荷造り用のビニール紐で縛られている腕を見て、負けた事を悟ったようだった。軽く身を捩り、小さく舌打ちをした。


「汚ぇ真似しやがって」


近藤はたくさんのギャラリーを見回し、笑った。


その顔は一切屈辱を感じていないように見えた。


「そりゃお前だろ。女使う方がよっぽど汚ぇな」


ライターで火をつけ、近藤の顔に煙を吐きかけて壁へ押し付ける。


足は自由にしているにも関わらず、奴は逃げようとも、抵抗しようともしない。


「まぁ俺はこんなの趣味じゃねぇんだけどな。コイツ等がやり返さなきゃ気が済まないっつーから」


袖を肩まで捲り上げると、赤く熱を持っている煙草を近付ける。


見かけによらず、白い肌だった。


まるで女のようなそれを見て、正直、僅かに戸惑った。 


「2人分、って言いたい所だが、コイツの火が消えるまでで勘弁してやるよ。その代わり、二度と俺達には関わるな」


近藤は、相変わらず余裕そうな笑みを浮かべて毒づく。


「さァね。やるならさっさとやれよ」


度胸があるのか、はたまた頭が弱いのか。


一切恐怖心を見せないこの男が、不気味に思える。


「随分余裕だな。根性焼きの痛さも知らねぇクセに」


悪いのはこの男だ。これは言わば、自業自得。


頭ではわかっているが、中々ノリ気になれない。


しかし今さら後には退けず、気付かれないように溜め息を吐き、赤く燃えた先端を肌に近づけた。


「ま、待って下さい!!」


周りは今か今かと息を潜める中、黙って見ていた佐々が急に声を上げた。


「この辺で勘弁してやりませんか。いくらなんでも、焼くのはちょっと」


やはり佐々も気が乗らないようだった。だが恭平達はそんな甘さは許さないだろう。


「俺だってやりたくねぇよ。だけどな、安藤もやられたんだぞ」


「わかってます!でも……」


まだ何か言いたそうに、じっと近藤を見る。


それにつられ、公一も視線を落とした。


近藤は一瞬、何か言いた気に佐々を睨んだが、すぐに表情を戻す。


「ぐちゃぐちゃうるせぇ!お前まさか、コイツのダチってわけじゃねぇだろうな!?」


お預け状態に恭平がキレ、物凄い剣幕で食って掛かる。更には周りの仲間にも睨まれ、佐々は慌てて首を振った。


「ダチだなんてとんでもないです!!違いますよ!!」


「なら黙ってろ。さっさとやっちまえ!」 


「あぁ、まぁ……自業自得だしな」


せめて1度で火が消えればいい。


そんな願いを込めながら、白く細い肩に強く押し当てる。


「っ!!」


肉が焦げる臭いが僅かに漂う。


だが近藤は一切悲鳴は上げず、呼吸を乱しながらも尚笑みを浮かべる。


「な、なにしてんだよ。まだ、消えてねぇだろ」


願いは届かなかった。

 

形は崩れているが、先端はまだ赤い。


「口の減らねぇ野郎だな」


やっているこっちの方が気が滅入る。


しかし仲間が見ている手前、途中でやめるわけにはいかない。


眉を寄せ、白い煙を上げている部分を再度近付ける。


するとまた、佐々が悲鳴に似た声をあげた。


「や、やっぱ止めて下さい!もう見てらんないですよ!」


「さっきから何なんだよお前は!」


恭平はついにキレ、胸ぐらを掴むと、噛み付きそうな勢いで顔を近付ける。


「やっぱりお前、コイツのダチなんじゃねぇのか!?」


「ち、違います!違いますけど……やっぱ無理なんですよ!!」


「お前は見てるだけじゃねぇか!」


「やめろ、恭平」


これ以上面倒は御免だ。


溜め息を吐き、恭平を宥める。


しかし正直、2度目の待ったをかけられた時、公一も佐々とコイツの関係に疑問を持った。


いくら下っぱで喧嘩慣れしていないとは言え、佐々も自分達といる以上、喧嘩を見るのが怖いわけではない。


何か理由があるのか。やはり友人なのか。


手を止めて考えていると、佐々は意を決した様に口を開いた。そして公一達は、その言葉に耳を疑った。


「コイツは女なんですよ!いくら生意気でも、女に根性焼きしてる様子なんて、見てられません!!」


「なっ……女!?」


驚き、全員の視線が近藤に向けられる。


「佐々っ……テメェ、余計な事言うんじゃねぇ!!」


近藤は虚ろな目で過呼吸を繰り返し、掠れた声で怒鳴った。


それは肯定を意味する言葉だった。


髪型と格好に、すっかり騙されていたが、よく見ると確かに女の表情をしている。


「何見てんだよ!性別なんて関係ねぇだろ……!」


いくらなんでも、これ以上女をいたぶる事は出来ない。公一は煙草を足で揉み消して体を離し、後輩に叫ぶ。


「おい、酒持ってこい!早く!」


「は、はい!!」


持って来た酒の蓋を開けると、近藤はその時初めて、戸惑いの表情を浮かべた。


「かなり痛いけど我慢しろよ」


「な……何するんだよ!?」


「消毒だ」


傷口にアルコール度数の高い酒をかける。


「い、いやぁぁぁ!」


あまりの痛さに近藤が上げた悲鳴は、やはり女のものだった。

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