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短編集  作者: 石月 ひさか
夜の公園
3/28

翌日午前1時。


溜まり場として無断使用している空き倉庫内で暇を潰していると、後輩の佐々が息を切らせて駆け寄って来た。


「先輩、例の奴を見つけました」


「1人か。珍しいな」


佐々はいつも、安藤という同じ年の男と一緒に行動している。


相方がいないのを些か不審には思ったが、特に追求する事もなく、手にしていたトランプを投げ捨てて立ち上がった。


「で、そいつはどこに居るんだ?」


あの恭平を捩じ伏せた相手だ。恐らく相当強いのだろう。


退屈から解放される喜びに、無意識に笑みを浮かべる。


「そ、それがその……」


佐々は口ごもり、チラチラと後方を気にしている。


「自分も先輩とケンカしたいからって……ここに」 


「はぁ?」 


一瞬、意味が理解できなかった。


眉を寄せた時、入り口の鉄扉が音を立てて開き、月明かりが差し込んだ。


そこから1人の男が中に入って来るのが見える。


「テメェ、よく面出せたな!?」


いち早く相手の顔を認識した恭平は、勢い良くポケットからナイフを取り出す。


「やめろ。お前は負けたんだろ」


しかし公一が腕を伸ばしてそれを制すると、渋々身を退いた。


「アンタが近藤公一?なんだ。別に普通の奴じゃん」


電気の届かない暗闇から、ボーイソプラノが聞こえてきた。


「煙草を押し当てて喜ぶような変態よりは普通だな」


公一は軽く鼻で笑い、目を凝らして闇を睨む。


まだ相手の顔はよく見えない。


「負けた証っつーの?一生消えねぇし、面白ぇじゃん」


笑い声が倉庫内に不気味に響く。


そして1歩ずつ確実に歩みを進め、公一達の前に姿を現した。


恭平の話から、てっきりガタイのイイ大男だと思っていた。


しかし目の前にいるのは、金色の髪を丸坊主にしている、小柄な男だったのだ。 


「お前が近藤か?」


年は同じ位だろうか。それにしても細身過ぎる。


白いTシャツに、今どき流行らないダウンベストを身に付けている。


「そうだけど。つーかアンタも近藤だっけ?奇遇じゃん」


近藤と名乗る男は、くわえていた煙草を足でもみ消し、首を傾げて笑った。


「オレとケンカしたがってるって聞いてさ。わざわざ来てやったんだけど」 


これは土産、と何かを放り投げてよこされ、反射的に受け取る。 


小さな固いものだ。


一体何かと視線を下げる。


それは安藤が付けていたピアスだった。


血がこびりついており、何を意味するのか気付いた佐々は青ざめた。 


「アイツに何しやがった?」


公一は唸るように問う。 


勿論聞かなくても、何があったかは分かっていたのだが。


「別に何も?いきなり殴ってきたから、ちょっと仕返ししただけだ。今頃自分の足で病院行ってんだろ」


近藤は「別に死んじゃいねぇよ」と笑った。


その瞬間、公一は地面を蹴って駆け出していた。


「なんだよ、血の気多いなぁ」


拳を振り上げるが、あっさりとかわされてしまう。


「このっ……クソ野郎!!」


瞬時に態勢を整え、裏拳に変える。


軽く肩に当たったが、奴にはあまりダメージになっていない様だった。


「噂通り、そこそこ場慣れしてるみたいだな。1年のクセに、この辺仕切ってるだけはあるわ。アンタにマーキングできたら、さぞスッキリするだろうなぁ」


「はぁ?何がマーキングだ!お前は犬猫かよ!」


卑怯な事だと思いつつも、足元に転がっていた鉄パイプに腕を伸ばす。


しかしその瞬時手を踏みつけられ、痛みに眉を寄せた。


「何してんの?素手が常識だろ。武器は反則」


「っ……!!」


振り上げられた膝が顎に入り、危うく舌を噛み切りそうになった。


口元の血を拭い、立ち上がる。


コイツは強い。

今まで喧嘩をしたどの相手よりも。


喜びがゾクゾクと背中を駆け上がるのを感じる。


「恭平と安藤の分も入れて、半殺しにしてやる!!」


色々な意味でキレた公一には、何も怖くなかった。


左手を振り上げると、不気味な笑みを浮かべる奴の顔に叩きつけた。鈍い感触があった。


「っ……!!」


強烈な1発を顔面に受け、近藤は足元をふらつかせる。


しかしすぐに拳を構えると、頭を殴り付けてきた。


「!?」


瞬間的に目の前が真っ白になる。


公一は脳震盪をおこしかけるが、頭を振って耐えた。


「汚ぇ真似しやがって!!」


「これはボクシングじゃねぇんだ。喧嘩に汚いもクソもあるかよ。素手は素手だろ」


近藤は悪びれもなく笑う。その余裕さが、癪に障った。


「うるせぇ死ね!!」


同じく頭を狙おうと腕を上げる。相手もそれを予測していたのか、余裕の笑みで身を退いた。


しかし公一は、一瞬で構えを変えると、肩を掴んで股間に蹴りを入れた。


男なら誰しも弱いこの場所。蹴りを食らえばひとたまりもないだろう。 


卑怯には卑怯で返してやる。


しかし近藤は、僅かに眉を寄せただけで大したダメージは受けていない様だった。


膝は確かに股間にヒットした。が、奴は平然としている。


ココが弱くない奴などいないのに。


「股間だって汚ぇだろうが!!」


考えている隙に、公一は強烈な右ストレートを食らい、吹っ飛んでしまった。


「ちっ……クソッ!!」


折れた歯と共に血を吐き出し、顔を上げる。いつの間にか、近藤が公一を見下していた。


「ほらな、お前の敗け」


背筋が凍るような禍々しい笑みが間近に迫る。まるでサッカーのシュートをする様に、目の前で右足が振り上げられた。


自分は負ける。こんな男に。


今さら逃げても間に合わないのはわかっていた。


覚悟し、せめて致命傷だけは避けようと目を閉じた時だった。


「お前みたいな野郎に公一は負けねぇよ!」 


恭平の怒鳴り声が聞こえ、ハッと目を開く。


「公一、やっちまえ!喧嘩に卑怯もクソもねぇだろ!!」


いつの間にか恭平が近藤を後ろから羽交い締めにしていた。


「テメェ!オレに負け癖に、手出しすんじゃねぇよ!」


近藤はもがきながら、吠える。


公一は戸惑った。この状態でやれと言われても、素直に手が出ない。


2対1はフェアじゃない。こんなやりかたで勝つのは、プライドに反するからだ。


しかしこの言葉を聞いた瞬間、そんな戸惑いも消え失せた。


「テメェだって途中から、女呼んだじゃねぇか!」


やっと理解した。


恭平が抵抗できなかった理由。

それは女に捕まえられていたからだった。


いくら恭平でも、自分より明らかに弱い女に手を上げる事ができず、成す術もなかったのだろう。


「女ってのは卑怯だよな」


とは言いつつも、内心疑っていた。


この近藤という男は強い。

そんな奴が、姑息な真似をするだろうか。

しかもなぜ女なのだろうか。


しかし恭平が嘘を吐いているとも思えない。


何より近藤自身が、無言の肯定を見せている。


公一は口元を拭いながら立ち上がり、前髪を掴んで顔を上げさせる。


「今度は俺がテメェにマーキングしてやるよ」


ニヤリと笑い、身動きがとれない近藤の鳩尾に拳を埋め込んだ。


「っ……クソ……」


最後の悪態を吐くと、近藤はぐったりと意識を失った。


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