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翌朝、珍しく深雪は早めに目が覚め、欠伸をしながら起き上がる。
ぼんやりとした目で辺りを見回し、ふと隣に視線をやった。
「あれ?公一?」
いつも隣にいる筈の公一がいない。
軽く眉を寄せ、リビングやバスルームを覗くが、どこにも姿がない。
「どっか行ったのかな」
まだ朝は早い為学校ではないだろう。
朝飯でも買いに行ったのかなと思い、トイレに向かおうとした時だった。
物音がし、玄関の前で足を止める。
目の前でゆっくり鍵が開けられ、息を飲んだ。
以前公一に、アメリカは危険な街で、強盗は室内に人が居ようとも構わずに入って来る。見付かれば間違いなく殺されると聞いた。
眉を寄せ、拳を握って構える。
もしかしたら公一かもしれないとは思ったが、もしも彼なら、こんな風に鍵を開けたりしない。
ゆっくりドアレバーが下がり、扉が開かれる。
まるで音を立てない様に気を付けているように。
殺される前に殺ってやる。きっと相手は銃を持っているに違いない。
大怪我をさせても正当防衛だ。
人影が現れた瞬間、何の迷いもなく右ストレートを突き出した。が、届く刹那、相手に気付いた。
咄嗟に流れを変え、真横の壁を殴りつける。
「っ───!!」
「おい!?」
公一は右手を抱えて踞る深雪に、慌てて駆け寄る。
「大丈夫か?何してんだよ!」
「そ、それはこっちの台詞だ!!」
深雪は涙目のまま公一を睨み付けた。
「こんな朝っぱらに何してんだよ。どこ行ってたんだ?」
赤くなった拳を冷やし、眉を寄せながら聞く。
「いや、別に」
公一は目を反らし、シドロモドロする。
それを見てピンときた深雪は、蛇口を止めて近づく。
「なに隠してんだよ。こっち見ろ」
「べ、別に何も隠してねぇよ」
「嘘吐くな。だったら今まで何処で何してたんだ?」
黙秘を続けていた公一だったが、隠しきれないと観念したのか、小さく呟いた。
「人と会ってたんだよ」
「誰と」
「……」
公一は欲求を晴らす為に、いわゆる娼婦と過ごしていたの。
しかし、さすがにそんな事は言えない。
深雪はロクでもない男達の中にいたせいで、あらゆる知識が乏しい。
女性として扱われるのにも慣れていない。
普通の女にも罵倒されるであろう売春をしていたとバレれば、どんな事を言われるか。
その為素直に言えなかったのだ。
「その、アレだよ……クラブに行って酒飲んでた」
「クラブ?」
深雪は「なんだ」と呟いて身を退いた。
「なにがクラブだ。どうせストリップにでも行ってたんだろ」
「なっ……!?」
さらりと核心部分を突かれ、公一は言葉を失う。と同時に、全く動じない深雪に不満を持った。
「お前、なんとも思わないのかよ?なんで平気でいられるんだ」
「逆ギレしてんなよ」
彼女の言う事は最もだ。
だが他の女と情事を交わしたにも関わらず、なぜ笑っていられるのか。
そんな身勝手な不満が募る。
「俺──あぁいや、私がヤりたくないって言ったからだろ?まぁ公一も男だから仕方ないよな」
「なんでお前はこう……」
変な所で話が分かるんだ。
釈然としない気持ちになった。かと言って、ここで泣き崩れられても困ってしまうのだが。
「私だって男の中で生きてきたんだ。だから、そういうの、変に隠そうとすんなよ。そんな事でごちゃごちゃ言ったりしないからさ。起きたらいないから、そっちの方が心配だった」
力なく目を伏せられ、公一は「ごめん」と呟いて手を握る。
「お前と一緒にいると、やっぱりしたくなるんだよ。だから──」
「き、キモイ事言うな!娼婦で我慢してろっ」
「なんで娼婦はいいんだよ。お前がヤらせりゃいいだろ」
勢いで、つい本音が漏れる。するととたんに深雪は顔を真っ赤にし、殴り付けてきた。
幸いグーではなかったが、物凄い音が響き渡る。
「なっ!?なんだよ急に!!」
「次そんな事言ったら、タマ潰すからなっ」
「はぁ!?」
叫ぶと、深雪はバタバタと寝室に逃げて行ってしまった。
残された公一は、頬を押さえながら「意味わかんねぇ」と呟いた。