⑦
初めはただの仲間意識だった。
世間から見たら普通じゃない、可哀想な環境の2人。
夜の公園でたまに過去を話し、互いに傷を舐め合った。
コイツは俺に似ている。
それが嬉しかった。
友情が恋に変わったのは、些細な一言だった。
母親の命日で久しぶりに家に帰った時、父にクズだと罵られた。
公一は顔には出さなかったが、傷付き、落ち込んでいた。
心の中で、過去に戻りたいと何度も願った。
12歳のあの時に戻り、やり直したい。
温室になんか行かないで、あの部屋に行きたい。
全てを元に戻したい。
遠回しにやり直したい事があると告げると、『近藤』は煙草の煙を吐きながら言った。
「後悔する事はあっても、やり直したいとか、戻りたいなんて思うなよ。後ろを見るな。前を見ろ。でなきゃ、進む道も見えないじゃん」
それは男前過ぎる励ましの言葉だった。
だけど言葉とは裏腹に、笑いかけてくれた。
近藤じゃない。深雪の顔で。
綺麗で優しい、女の顔で。
あの瞬間、深雪に惚れた。
側にいて支えてほしい。
自分も、この男勝りな女を守りたいと思った。
そして今、こうやって公一を慰め、包んでくれている。
そんな深雪が、無神経なわけがない。
「ごめんな。もうこんな話やめるよ。過去がなきゃ、深雪と出会えなかった。俺にはお前が全てだ。深雪がいれば、それでいい」
僅かに香る、薔薇の香水。
これは母の匂いじゃない。深雪の匂いだ。
「お母さんの事、全然知らなかったから……。このトワレ使うのやめるわ。辛いでしょう?」
「いや、いいんだ。お前が好きならそれでいい。俺も好きな香りだから」
ゆっくり髪を撫で、囁く。
深雪は腕の中で、小さく笑った。
「私の事、お母さんだと思って甘えてもいいのよ。たまになら」
「できるわけないだろ」
態勢を変え、ベッドに押し倒す。
両手を押さえ付け、口付けた。
僅かに高揚した頬を撫でる。
「深雪は俺の妻。母親じゃない。それに、もう母親を恋しがる子供じゃないんだし」
首筋に舌を這わせ、舐める。
深雪の体が小さく震えた。
「愛してる……。愛してるよ、深雪」
「私も愛してるわ。世界で一番好きよ」
素直に嬉しいと思った。
新道や恭平にバカップルだと気持ち悪がられても構わない。
人間一度ガタが外れるとこうなるという、いい例だ。
「公一も、公一の家族も大好き。ここが私の実家で、公一の家族が私の家族だから」
「あぁ」
もう一度唇を重ねながら、手を伸ばして電気を消した。
終わり