表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: 石月 ひさか
母親
23/28


「お前、何か香水使ってたっけ?」


口元についた口紅を拭いながら問う。


「今は使ってるわよ。ローズオードトワレ。今日直輸入店で見つけたんだけど、自然な香りで素敵なの。これからはシャンプーもシャワージェルも、ボディミルクも全部このシリーズにしようと思って」


言いながら、ブラインドの紙袋を見せる。


言葉を失った。


こんな偶然があるんだろうか。


これは母が愛用していたフランスのブランドだ。


深雪もこれに惹かれるなんて。


思わず手を引き、抱き締めて肩に顔を埋める。


これは母の香りだ。


自然に涙が流れた。


「公一?どうしたの」


「悪い。その香り……母さんのなんだ」


深雪に言ったら嫌がられるかもしれない。


マザコンだと馬鹿にされるかもしれない。


だけど言わずにはいられなかった。


「お母さん?公一のお母さんはこのトワレを使っていたの?」


「あぁ。もう、随分前に死んだんだけどな」


あまり言いたくないし、言わないつもりだった。


だけどつい過去の出来事が一気に溢れ、口から次いで出てしまった。


「どうして亡くなったの?病気?」


「いや……違うよ」


乗り越えた筈だった。


だけど本当は立ち直ってなんかいない。


今でも目を閉じると蘇る。


たまに夢を見て、汗だくで目を覚まし、怖くなって深雪を抱き締めて眠っている。



「自殺したんだ。俺が12歳の時に」


認めたくなかった。


口に出して誰かに話すと、それが真実になりそうで怖かった。


だけど本当は事故じゃない。


自殺だった。


後から遺書も見つかったらしいが、読んでない。


言えば見せて貰えるだろうが、今さら古傷をほじくり返す様な真似をするつもりもないし、何より怖かった。


公一は母が好きだった。


その愛情が、伝わっていなかったと知るのが怖かったのだ。


「ごめん。こんな話、聞きたくないよな。だけど、ダメなんだ。忘れられないんだよ。俺の目の前に落ちて来たんだ。俺の……目の前に」


なんの前触れもなかった。と皆は言った。


本当はあった。


ただ皆が気付けなかっただけだ。


涙が止まらない。


こんなに泣いたのは、初めてだ。


嗚咽を漏らしながら、深く息を吸う。



「なんで、自殺なんで選んだんだよ……母さんっ……」


深雪を抱き締めながら、母を呼び続ける。


恐らく不快に思っているだろう。


ハッと我に返り、慌て体を離すが、逆に抱き寄せられた。


「お母さん、素敵な人だったのね。忘れられないわよね」


「いや、それは……」


あぁ、俺は馬鹿だ。


妻に抱きつきながら、イイ年をして母親を恋しがるなんて。


「悪い、今の忘れてくれ。なんでもないんだ」


格好悪すぎる。


これじゃまるでマザコンじゃないか。


そんな公一の心情を察したのか、深雪は小さく笑った。


「お母さんを恋しく思うのは、恥ずかしい事じゃないわよ」


「え……?」


「家族なんだもの。それに、亡くなってしまった人を恋しく思うのは当然の事じゃない。だから、なんでもないなんて言わないで」



深雪は続ける。


「家族は一番大切な人でいいの。私にだってそうよ。公一を育ててくれた人だものね」


柔らかな指が公一の髪を鋤く。


まるで子供をあやす母親のように。


その優しさに、また泣きたくなった。


気付かれるのが嫌で、黙って息を殺す。


「……ごめんなさい」


「何で謝るんだ?」


謝らなきゃいけないのは自分の方だ。


こんな風に泣いて甘えて、嫌な話ばかりして。


どう言えばいいか悩んでいると、深雪は更にポツリと呟いた。


「私、母親はいなかったから、よくわからなくて。何か無神経な事、言ったかと思って」


「そんな事、あるわけないだろ!」


思わずカッとなり、体を起こす。


深雪はビクッと体を震わせ、怯えた目を見せた。


「あ、ごめん……。だけど違うんだ。誤解しないで。俺は深雪に感謝してる。お前が側にいてくれるだけで、どんなに救われているか」


手を伸ばし、華奢な体を抱き締める。


深雪も複雑な家庭で育っている。


だからこそ公一は惹かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ