④
「失礼致します。奥様がお戻りになりました」
「あ、あぁ……」
公一が言う前に、2人の兄が勢いよく立ち上がる。
「深雪ちゃんが帰って来たのか!」
「部屋に通して」
結婚していないせいか、2人妙に深雪を溺愛している。それがどうも気に入らない。
男だらけの家庭のせいか、義妹が嬉しくてたまらないのだろう。
「ただいま戻りました」
そこに、紙袋をたくさんもった深雪が顔を出す。
そうしたらもう、室内は大騒ぎだ。
今まで隅で寝ていた犬も立ち上がり、尻尾を振って駆け寄って行った。
「おかえり深雪ちゃん。楽しかった?」
「重いだろ?オレが持つよ」
「ありがとうございます」
一晃達も犬みたいなものだ。
尻尾があれば、きっと犬みたいに振りまくっているだろう。
公一は溜め息を吐き、深雪の手を取って隣に座らせた。
「随分買い物したみたいだね。楽しかった?」
そう聞くと、深雪は満面の笑みで頷いた。
「凄く。地元に帰ったのは久しぶりだから、なんか迷いそうになっちゃった。すっかり変わっていて、オシャレな店がたくさんあったわよ」
「そう。良かったね」
ドアから荷物をたくさん持った運転手が入って来て、頭を下げて去って行った。
凄い荷物の量だ。
昔はTシャツ1枚選ぶのも面倒臭いと文句を言う程買い物嫌いだったのに。
深雪は「そうだ」と呟き、何やら紙袋をゴソゴソと漁る。
中から包装された包みを取り出し、一晃と春樹に差し出す。
「これ、一晃さ……あ、お兄さんとお兄ちゃんに」
「え?」
「俺達に?」
目を丸くし、包みを受け取る。
「2人に似合いそうな服を見つけたんです。ぜひ着て頂きたくて」
ソワソワしながら2人が取り出したのは、同じブランドの同じデザインのポロシャツだった。
それを見た瞬間、公一は思わず吹き出してしまった。
一晃には白で春樹には薄いグリーン。
色は揃えなかった様だが、イイ年した兄弟がお揃いの服を着るなんて、少し滑稽だ。
しかし可愛い義妹からのプレゼントに兄達は大喜びで着替え始めた。
ニヤニヤしながら見ていると、目の前に同じ服を出された。
「これは公一の」
「え?俺にも?」
「もちろん」
まさか自分の分まであるとは。
成人した3人の男がお揃いなんてあり得ない。
とは言いつつ、公一も拒否できない1人だ。
袋を開けると、中からはやっぱり同じタイプのポロシャツが出てきた。
色は黒。
「なんで俺は黒?」
2人は爽やかな色なのに、何故自分は原色なんだろうか。
深雪は悪意のない笑顔で「公一と言えば黒だから」と言った。
「どうかな」
いつの間にか着替え終えた2人が、嬉しそうに言った。
客観的に見ると、やはりお揃いの服は気味が悪い。
「良かった!ぴったりですね。ほら、公一も着てみて」
「う、うん……」
あまり気が進まない。だが仕方ない。
渋々服を脱ぎ、着る。
サイズはぴったりだ。
「公一も似合ってる。2人も凄く素敵ですよ」
「ありがとう」
「明日会社に行って自慢しなきゃな」
これではまるで、娘か孫を喜んでるみたいだ。
「ありがとう深雪。大切にするよ」
家でならば何回も着るけが、ここでは早く脱ぎたい。
だが今はそんな空気ではない。
そのまま夕飯まで、何となく4人で談笑する雰囲気になってしまった。
時間が過ぎ、服装の事なんか忘れていた頃。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。公一様と深雪様がいらっしゃってます」
「そうか!」
玄関から父の声がした。
「リビングにいらっしゃっています」
「あぁ、すぐに行こう」
そう言う父の声は、本当に嬉しそうだ。
少し早めの足音が近づき、ドアが開いた。
「おかえり。公一、深雪さん」
「ただいま」
「ただいま。お義父さん」
公一に倣うように、深雪もはにかみながら言う。
しかし父は、ペアルックの兄弟を見た瞬間大笑いした。
「あっははは!随分仲のいい兄弟だな」
「…………」
仲が良い兄弟で結構じゃないか。
だが、できればお揃いは勘弁して貰いたいかもしれない。