②
「道理で。お前が真面目に面接なんか、やるはずないもんな」
「当たり前だろ。下らねぇ」
鼻で笑い、吸い殻を遊具で揉み消し、爪で弾き投げる。
それを見ながら、不意に恭平はぽつりと呟いた。
「そういや最近、生意気な奴がここら辺をウロチョロしてるんだけどよ」
「別に興味ねぇな」
そんな奴はこの街にごまんといる。
同じ匂いであっても、皆が『仲間』や『友達』というわけではない。
当然気に入らない奴や、生意気な奴はたくさんいる為、珍しくもない。
だが恭平の様子は、なんだかいつもとは違うように見えた。
「いや、マジで生意気なんだよ。しかも、めちゃめちゃ強いんだ」
まるで一戦を終えて来たような口振りだ。
よく見ると、恭平の顔には所々痣が出来ていた。
それが何を意味するのか気付き、眉を寄せる。
「お前、まさかそいつに負けたのか?」
「……」
恭平はバツが悪そうに目を反らす。
誰かと喧嘩をした事は気付いていたが、まさか負けたとは思っていなかった。
「ダセェな。相手は何人だ?」
遊具から飛び降り、歩み寄る。
友人でもあり、片腕でもある恭平は仲間の中でも1・2を争う程喧嘩に強い。
そんな彼が並の人数を相手に負ける筈はない。
そんな公一の心内を悟ったのか、恭平は更に気まずそうに視線を泳がせた。
「ひ、1人だよ」
「はぁ?1人だと?」
予想外の言葉に、胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「タイマンで負けたのか。それともまさか──馬鹿な真似したんじゃないだろうな」
公一達がいる社会は、一見何の上下関係もなさそうに見えるが、それは表面上だけだ。
公一達の様な所謂ヤンキーは、ただの土台に過ぎない。
上には暴走族や半グレ、そして頂点はヤクザだ。
いくら強くてもヤンキーは半グレに喧嘩を売ってはならないし、同じく彼らも目に余る事がなければ下に手出しはしない。それが暗黙の了解になっている。
だが、恭平は怖いもの知らずな性格だ。
それが良い時もあれば、悪い時もある。
もしも半グレや、ましてやヤクザに手を出したとすれば、公一達の様な子供は、あっという間に潰されてしまう。
しかしいくら恭平でも、そこまで無謀ではなかったらしい。
「違ぇよ!」と怒鳴り、早口に捲し立てた。
「相手は多分タメ位のガキだ。ただ、油断してたんだけなんだよ!」
どうやら同年代にやられた様だ。
仮にも自分の片腕が、たった1人にやられるとは情けない。怒りを通り越して呆れてしまう。
「負け惜しみ言いやがって……。で、そいつの名前は?」
「名前なんか知るかよ!」
よほど屈辱だったのか、舌打ちをしながら腕を振り払う。
相手がガキだろうがなんだろうが、仲間がやられて黙っているわけにはいかない。
公一は拳を握り、遠巻きに見ている中学の後輩2人を振り返った。
「おい。恭平をやった相手、誰かわかるか?」
答えは案外簡単に返ってきた。
「はい。多分、近藤です」
「近藤?」
聞き慣れた名前に、思わず笑みを浮かべる。
下の名は分からないが、おかしな偶然もあるものだ。
「お前等、そいつの居場所を突き止めろ」
自分で見つけ出すより、その方が早いだろう。
彼らはコクリと頷いた。
「近藤なら知ってますから、多分大丈夫です」
「じゃあ今日はもう帰れ」
「はい」
軽く手で払うと、2人は緊張した面持ちで頷き、頭を下げて立ち去って行った。それを見送りつつ、恭平が口を開く。
「気を付けろよ。あいつ、妙に素早いんだよ。しかも趣味が根性焼きなんだ」
「根性焼き?随分古い趣味だな」
ポケットから煙草を取り出してくわえ、ポケットをまさぐり、ライターで火をつける。
「まさかお前もやられたのか?」
真っ赤に焼けている煙草の先を向ける。
恭平はぐっと唇を噛むと、袖を捲って腕を突き出した。
そこには直径7ミリ程の円形の水脹れが数個できていた。
「タイマン張ったんだろ?なのに、こんなにされるまで大人しくしてたのか?」
煙草の火は最高摂氏700度にもなる。
例え気絶をしていたとしても、それを肌に押し付けられて黙っていられる筈がない。
だが恭平は「お前もやり合えばわかる」とだけ呟き、目を伏せた。