②
「お前のせいだ!お前のせいで鏡子は死んだ!!」
「申し訳ありません!」
ある日母方の祖父母が物凄い形相で現れ、怒鳴った。
父は土下座をしながら声を張り上げた。
公一はあまりの剣幕に怯え、ドアの影に隠れて動けないでいた。
母は事故で死んだはずだ。
なのにそれがなぜ父のせいになるのかわからない。
祖父は続ける。
「鏡子から聞いていたぞ!何人も女を囲んでいたそうだな!?鏡子を嫁にしたのはお前じゃないのか!?愛していたから、私に娘をくれと言ったんじゃないのか!!」
父は頭を下げたまま、黙っている。
「こんな家に娘をやるんじゃなかった!誤って窓から転落しただと!?ふざけるな!鏡子は自殺したんだ!お前みたいな男に、公一達を育てられるのか!?」
まさか自殺だなんて、そんなことはあり得ない。
が、それよりも直感的にこの家にいられなくなると思った。
ここから離れたくない。
母と過ごしたこの家から出て行きたくない。
気付けば公一は影から飛び出していた。
公一を見て、3人は目を丸くする。が、すぐに祖父は弱々しい笑みを浮かべ、手を差し出した。
「公一、おじいちゃんと一緒に行こう。こんな場所にいたくないだろう?」
その質問に出てきたのはこんな答えだった。
「そこに、お母さんはいるの?」
一瞬にして3人は固まる。
「おじいちゃんの所に行けばお母さんはいる?お母さんはおじいちゃんの子供なんだよね?お母さんは帰って来た?」
「公一……」
小学6年生が人の死を理解できないわけがない。
公一が口にしたのは、12歳とは思えない程の幼稚な言葉だった。
とたんに祖父母は声を上げ、その場に泣き崩れた。
父は2人に向き直し、再び頭を下げた。
「お願いします!公一達は私に育てさせて下さい!どうか……お願いします!!」
いつもは偉そうにしている父が、カーペットに額を擦り付けて泣いていた。
大きかった背中が妙に小さく感じた。
その様子を呆然としながら見ていると、後ろから一晃が現れ、公一の手を引いた。
「こっちにおいで。公一が見るものじゃない」
公一と長男の一晃は6歳違う。
当時一晃は18歳だった。
いくら自立しているとはいえ、やはり母親の死は辛く悲しいだろう。
しかし前を歩く一晃は、落ち込んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えない。
腕を引かれ、連れて行かれたのは次男の春樹の部屋だった。
春樹は不快感を露にし、眉を寄せながらベッドに座り込んで窓を見ている。
「少しの間、公一を見ていてくれ。今、千葉のじいさん達が来てるんだ」
相変わらず窓を見たまま「あぁ」と呟く。
ドアが閉められ、2人きりになった。
不意に春樹が口を開いた。
「母さんは自殺したんだよ。父さんが不倫してたからなんだってさ。やってらんないよな。アイツは外で女作ってたんだぜ。許せねぇよ」
初めは自分に言ってるのかと思った。
しかし、意味がわからない言葉の羅列にしか聞こえない。
「オレは絶対に結婚なんかしねぇよ。父さんのした事は取り返しのつかない最低な事だ」
春樹はその時13歳だった。
中学生の思春期の子供がそう思うのも仕方ないだろう。
現に公一も、父親にあからさまな嫌悪感を持ち、グレたのも中学に入ってからだった。