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短編集  作者: 石月 ひさか
恐怖を感じない理由
14/28

「俺、母親いないんだよ」


公一の話はいつも唐突過ぎる。


今だって飯を食いに向かう途中だ。


「あぁ。一応父親はいるんだけどな。これがまた、どう間違えたのか俺には似合わない素晴らしい人間なんだ」


「ふぅん」


公一の口調から、けっして敬って言っているわけではないとわかった。


いわゆる、皮肉だ。


「たまに家に帰りゃ、毎日ケンカだ。クズだのクソだの散々罵られてさ。ま、親なんてそんなモンか」


「お前は?」と聞かれ、少し言葉に詰まった。


「オレの親父は別に何も言わねぇよ。寧ろ邪魔なガキが消えてせいせいしてんだろうな」


前に1度だけ帰った時、まるで死人を見たかの様に驚いていた。が、すぐに溜め息を吐き、これをやるから二度と来るなと3万円を投げ渡された。


勿論そう言われずとも、二度と戻るつもりはなかっからだ。


だが生きる為には衣食住が必要だ。


今では友人宅を転々とし、たまに野宿をしながら凌いでいる。


勿論、そんなことは公一には言えない。


「お前ん所もロクな親じゃないな。母親は何も言わなかったか?」


「言わねぇよ。俺には興味ないだろうからな」


噂では、どこか遠い場所で幸せに暮らしているらしい。


これもお節介な親戚に聞いた話だが、母親は、もともとあの男と結婚するつもりは全くなかったらしい。


一度だけ写真で見た『母親』は、あのロクデナシには勿体無い程の美人だった。


どういう経路で妊娠したのかは知らないが、望まれたものじゃはないのは明らかだ。


だからこそ、深雪が言葉を覚える間もなく出ていったのだろう。


そんな話をしている間、公一はずっと黙っていた。


黙って深雪の話を聞いていた。


その静寂が嫌になり、苦笑いを浮かべて公一の肩を叩いた。


「なんだよ。黙んなって」


「いや、随分アレな人生だな」


「ハハハ。余計なお世話だよ」


なぜか公一には、何を言われても腹が立たなかった。


あからさまな同情も、たまに見せる、深雪を女として扱おうとする態度も。


おかしな話だが、嬉しかった。


二人はよく、自分や家族の話をした。とは言っても、公一が何かを伝える事は少なく、深雪が一方的に話している割合の方が多かったかもしれない。


公一は暇になると、深雪の話を聞いてくれた。


話易いように、つい口を滑らせてしまうように、上手く誘導してくれた。


そして一々相づちをうったり、同意や意見をしたりして、愚痴を共有してくれた。


愚痴を言えばストレスが軽くなる。


その頃の深雪はまさに思春期で、これからケンカをしようという時に生理になってしまったり、妙に胸が痛くて動き難かったりと、イライラする要因がたくさんあった。


当然、そんな愚痴を話してはいないが。


深雪は公一になついていた。


当初は喧嘩や殴り合いをする事も多かったが、深雪が中学を卒業する頃には、すっかり弟分の様な気持ちになっていた。


いつの間にか、負かしてやりたいという感情も消え失せていた。


このままずっと、二人で下らないことを話したり、好き勝手に生きていけたら良いとすら思っていた。


今の深雪の居場所は、公一がいる所なのだ。


そのため、あの話を聞いた時は驚いた。

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