③
「……ねぇ」
家に帰った深雪は、テレビの前で寝そべっている父親に、久々に声をかけた。
起きているはずなのに、返事はおろか、こちらを見ようともしない。だがこんなのは今さらだ。
「俺、サッカーチームに入りたいんだけど。それで、親の同意が必要で……これ、見てくんない」
紙を差し出すが、父は全く微動だにしない。
それが癪に障り、わざと目の前に用紙を突き付けてやった。
父は舌打ちをすると、紙を奪い取って渋々目で読む。
「会費が8000円?バカ言ってんな。駄目だ」
言い捨てると、紙を丸めて放り投げる。
「なんでだよ!サッカーくらい、やっても良いだろ!」
ぞんざいに扱われた事にカッとなり、大声を上げる。
「やるだけなら好きにしろよ。だけど金なんか払わねーよ。ただでさえ、お前には無駄な金使ってんだ」
「っ……」
無駄な金を使ってるというフレーズは、小学校に入ってから何度も言われている。
教材が必要な時。服や、新しい文房具が必要になった時。
実際に金を渡してくれた事は数えるくらいしかないくせに、いつもそう言われる。
深雪に与える金は無駄だと。
何も与えてくれない癖に、無駄だ無駄だと言い続けられるのだ。
「金ならもらってんだろ。知ってんだぞ。生活保護で、俺の分だってあるはずだ!それをよこせよ!」
近所の人の話で、父が1日中家にいられるのは、父子家庭で深雪がいるから、生活保護で国から金を貰っているからだと知っている。
「お前の金?そんなもんあるわけないだろ。うるせーから黙ってろ」
再びごろりと横になる。
基本的、父には、良くも悪くも関心を寄せられた事はない。
誉められた事もないし、殴られたりする事も一切ない。
深雪がしつこく問えば答えるがそれだけだ。
結局、父からは会費は勿論、同意を得られる事もできなかった。
和康には残念がられたが、岸原はどこか安堵した様子を感じた。
そしてこう言われたのだ。
「親御さんの同意が得られないなら仕方ないね。まぁ、うちは男子のサッカーチームだしね」と。
そして5年生になったある日、担任の女教師に突き付けられた現実から逃げる為、深雪は学校に行かなくなった。
近所には同じように親から相手にされず、学校にも行かない仲間がたくさんいた。
彼らとつるむ様になり、今まではコンビニで菓子などを盗むくらいだったが、現金を手に入れる事も成功した。
仲間の中には中学生や高校生もおり、深雪はいつも見張り役かパシり、そうでなければ大人に見つかった時の身代わりとして扱われた。
だが偶然絡んできた高校生を1人でぶちのめしてからは、扱いが変わった。
もともと恐怖心というものがなく、加減というものも知らなかったからだろうか。
場数さえ踏めばあっという間に喧嘩に強くなり、中学に入る頃には、自分をパシりに使った高校生達も全て返り討ちにしてやった。
その頃から、気に入らないものは殴れば良い。自分は絶対に負けないのだからという強い自信がついた。と同時につるんでいた仲間達とも手を切り、1人きりで過ごすようになった。




