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会議は踊らざるを得ない

※客観的三人称です。

王宮の奥には特別な部屋がある。壁は、隣の部屋に声が伝わらないよう何層にも作られており、窓は無く、入り口は正面に飾られている国旗に対して「礼」をして進むようたけが低く作られている。重厚な扉には、クチナシの花がえがかれる。


『この場で決められし事に「口出し」は無用』

『この場で決められし事を「口に出し」てはならない』


厳格げんかくおきてのあるこの一室に、国の重鎮達は集まっていた。国王陛下、王太子、宰相、そしてアーデン。4人は大きな円卓を囲み、粛々(しゅくしゅく)と話をしていた。


「アーデン」

「はい、陛下」

「自分が何をしたか分かっているのか?」

「はい、分かっています」


若き王子の落ち着いている様子に、大人達は目配せし合い困惑した。王太子であるアーデンの父は目を閉じ、眉間のシワを揉みはじめる。かける言葉を探しているのだろう。その様子を見ながら陛下が口を開く。


「キトリーが機転を利かしてくれたから大事おおごとには成らなかったものの、クシャーナ姫、引いては同盟先のサウス国に不信感を与えてしまったのだぞ?」

「その件につきましては申し訳なく思います。ですが、疑いのある生徒がクシャーナに何かをする前に、対処しなくてはいけないと思いました」

「……そうきたか」


あくまでも「クシャーナ姫を守るためだった」とすることで、サウス国に便宜べんぎはかろうという魂胆こんたんだ。


「クシャーナには私から…」

「いや、その件はスミスから彼女に説明して貰おう」

「スミスですか?」


スミスの父である宰相が、適当な人物を上げた。


「あの令嬢についてはスミスからも報告が入っていたし、何よりあいつは1番殿下の側にいた。『事情を知っていた』という体裁ていさいには打って付けだ」

「そうだな、キトリーと生徒会室で会っていたことだろうし、辻褄つじつまを合わせやすい」


宰相の言葉に王太子が相づちを打った。「その件はスミスとキトリーを呼んで話を付けよう」と陛下が言うと、アーデンはその件は終わりとばかりに次の話に移った。


「彼女は口を割りましたか?」


誰とは明言しなかったが、口を割らせる必要があるものなどの令嬢しかいない。報告を受けていた宰相がアーデンに言葉少なに伝える。


「あぁ、ショーン男爵家はずいぶん金に困っていたようだ」

「そうですか」


聞いてきた割には素っ気ない反応に、大人達は次第に不安を覚えはじめた。『アーデン』は、このような子であったかと。


「アーデン。此度こたびのこと、どうして誰にも言わなかった」


陛下の低くて落ち着いた声に、うれいが潜む。


「自分の身を危険にさらしてまで、相手をあぶり出さねばならないけんだったか?」

「手っ取り早いと思ったのです。もし私に何かありましてもディオルがおりますし」


ドンッと円卓を叩き「そんなことを言うな!」と王太子が強く叱責した。父親として、後半のアーデンの言葉は聞き捨てならなかったようだ。


「私にとってはどちらも大切な息子だ。代わりなどない…!」

「……」


アーデンは言葉を返さなかった。父の身としてはそれは正しい事かもしれないが、周りの貴族から見ればディオルはアーデンの代わりであり、予備である。


(代わりなどないと、どの口が言えるのか)


アーデンは父親の理想論に内心ヘドが出そうだった。


(王位継承順位がある時点で、常に我々王族は誰かの代わりだというのに)


アーデンはそこで有ることに気づく。だからこそ自分とディオルの教育環境は差が大きかったのではないかと。多すぎる負担は父の采配だったのかと。しかしアーデンは、それは今更考えても詮無きことだとし、思考を頭の隅に追いやった。


「今回のお前の浅慮せんりょな行いに傷ついたものもいるだろう。どう責任を取るんだ」

如何いかようにして頂いても構いません」


陛下の言葉に対し、アーデンは覚悟を決めていたようだった。それは継承権が無くなっても構わないというほど強い視線だった。しかし、手塩にかけてアーデンを育てた自負のある王太子はそれを避けたい。長い沈黙の後に出たのは、苦しいものだった。


「……表向きは『学園内の生徒同士のもめ事』だ。アーデンが個人個人に謝罪をすれば、このままで済むのでは?」


その言葉に宰相がいなとなえた。


「未来の王が頭を下げるのですか? そんなことは許されない! のち禍根かこんになりかねませんよ?! 目に見える形で何かしらけいを与えなければ、貴族達にしめしが付きません……!」


決まらぬ結論に陛下はため息を付いた。そして、懐かしむようにアーデンを見る。


「前にも、こう言う事があったな………あの時は猫だったか」


あの猫は今ではディオルによくなついている。普通なら4~5年で命つきる猫が、10年近く長い生きしているのは、ひとえにディオルが頻繁ひんぱんに構って助けているからだろう。


助けたアーデンではなく、ディオルに懐いた猫。


それが何を意味するのか、国王は考えるだに頭が痛くなる思いがした。


「どうして自ら危険を冒す。いつもいつも……」

「……」


アーデンはもはや、下知げちを待つのみであった。静かに、ただひたすら陛下を見据えていた。誰もが国王陛下の次の言葉を待っていた。そして、長い沈思黙考ちんしもっこうの末、ようやく陛下の重い口が開いた。


「『自ら進んでほろびを選ぶ者は、王であらず』」


陛下はふっと頬をゆるませた。


いにしえから伝わる言葉だ。まさか、本当だとはな」


その一言で十分じゅうぶんであった。この先、アーデンがどうなるかは明白となった。宰相は静かに瞠目どうもくするだけだったが、父である王太子は円卓に拳をうずめ、深くうなだれた。陛下の声音はすでに優しいものに変わっていた。


「スミスもエスタも、カーダシアンも、自分たちは信用されていなかったのかと落ち込んでいるぞ」

「それは……」


アーデンは言葉を詰まらせた。王宮に来る前のスミスの叫びが、予想以上に身に染みていた。


(あんなに慕われていたとは思いもしなかったな)


エスタとカーダシアンは高等部に入る前や後に紹介された者だった。だが、スミスは幼い頃から共に勉学に励んだ仲であった。


(理想の王子様を押しつけられているとばかり思っていた……)


苦い思いを隠しながら、アーデンは陛下の言葉を聞いた。


「キトリーもお前のことを心配していたな」


キトリーの名に、アーデンはどうしても反応してしまう。表面には現れなかったはずだが、動揺を悟られないよういつものように取りつくろう。


「彼女は何度も生徒会長室を訪れていただろう?」

「はい。やはり、陛下がからんでいましたか」

「ふっ……キトリーになら何か話せるかと思ったのだがな」


国王の何気ないその言葉は、アーデンにとっては侮辱ぶじょくに等しかった。


「どうして……どうして私がキトリーになら話すと思ったのです」


あくまでも声は単調に、抑揚は付けないよう慎重にアーデンは尋ねた。『王と成るものは、愛した女でさえ心を許してはいけない』これも又、帝王学の心理であるからだ。


「……無粋ぶすいなことを言ってしまったな。許せ」


王はおのれの浅はかな物言いをびた。深くため息をついた後、再びアーデンに語りかける。


「お前は本当に強く賢い。だからこそ……いや、我らはそれに甘えてしまっていたのかもしれん」


アーデンを見ながらも、どこか違うものを見るような視線は、奇妙で居心地が悪い。


「我が儘1つ言わぬ良い子だと……。だが私達は、そのめんしか見てこなかったのか」


自嘲じちょうするように話す陛下の口調は弱々しい。白髪の混じるグレーの髪が、過ぎた年月の多さを感じさせた。


「アーデン」

「はい」

「このたびのことは、見過ごすわけには行かぬ。相応そうおうの罰が与えられるゆえ、覚悟しておくように」

「はじめから承知しております」


アーデンはそう言うと席を立ち、手を胸に当て陛下に礼を取った。


「ご心配、ご迷惑をおかけして、まことに申し訳ございませんでした」


アーデンは国王陛下、王太子、宰相を残し、部屋を出ようと扉へあゆみを進める。取っ手に手をかけようとしたその時、陛下がアーデンに声をかけた。


「アーデン」

「はい」


呼び止められたアーデンは、円卓に座る王をゆっくり振り返った。


「お前は今回、人を信じることをおろそかにした」

「はい」

「それはお前の弱さだ」

「……」


アーデンは()()が弱さに繋がるのか理解できなかった。アーデンは学んだことーーー寵愛は成らず、信じるよりも疑い、親兄弟であっても情は成らず、刑を下すーーーそれに忠実に従っただけなのだ。


「まずはじめに、お前が相手を信じなければ、一体誰がお前を信じてくれる?」


どうやら陛下の口ぶりでは、それではいけなかったようだ。


(情を殺しながら情をよなど、可笑しな話だな。―――そんな器用なことは、私には出来そうにない……)


アーデンは確信した。これで良かったのだと。


「お前がこの度のことで無くすものは多い。よくよく肝に銘じなさい」

「……はい」


アーデンは扉をゆっくりと開けた。もう、重い空気のただよう部屋を振り返ることはなかった。


アーデンの誤算は、自分がそこまで次期王太子として信用されていたと言う事実だった。これにはアーデンも少なからず良心りょうしん呵責かしゃくを感じたが、彼らも本当の〈自分(アーデン)〉を見てくれていたわけでは無いのだ。


お互いが見せなかったのか、気づかせなかったのか。


そこは両者ともに、痛み分けで終わる結果となったのだった。





窓のない部屋では時間が分からなかったが、外はいつの間にか暗くなっていたようだ。アーデンは夜特有の冷えた空気を吸うたびに、体の奥に沈殿していたよどみが、やっと外に出て行く思いがした。


空には満ちた月が浮かんでいた。

アーデンは空を見上げ、1人思う。


ほのかな光ではあるが、無くてはならないもの。


昼間を照らす輝かしいものではなく、暗闇を照らすもの。


(―――私には、これがお似合いだろう?)


返事のない問いかけの先には、無邪気に笑う弟の姿が見えるかのようだった。







〈元ネタ紹介〉


●「勝負に口だし無用」と言う意味で、碁盤の脚は「クチナシ」の形をしている。


●古代のどこかの国の会議室は入り口が低かったらしい。何かに礼をしながら部屋に入っていたとか(なんだっけ……)。決して嘘をつかない戒めだったような…(うろ覚えです)。扉は「バラの誓い」とかでバラが描かれていたんだったかな? 忘れました。ローマだったかしら?


●「円卓」:アーサー王と円卓の騎士ってかっこよくないですか。ちゃんと読んだことないですが。悲恋ですがランスロット×ギネヴィアが好きです。ちなみにランスロットは円卓の騎士ではありません。


●「王に非ず」:『韓非子』を読んで「馬鹿なことをする奴に王の資格はない」のだなと昔思ったので、それを書きました。


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