目の前で起きた出来事をありのまま話すスミス2
その後は彼女の華麗なる独壇場に、私は舌を巻く羽目になる。隙が全くなく、会話に入り込む余地が無かった。
生徒会の職務怠慢をさりげなく怒り、ショーン嬢の腕の怪我については第3者を呼びクラス内での経過観察について尋ね、「怪我をしたと言う報告を保健室から受けていない」と言質を取った。
とどめを刺したのは彼女のこの言葉だろう。
「ノインさんの怪我はたいしたことがないのですわ。だって、さっき私が引っ張ったと時も、別段痛がっていませんでしたし」
既に現場は「王子が婚約者に何かを糾弾していた」のではなく「ショーン嬢の行動の不可解さに全員が気づいた」ことにすり替わっていた。
(見事だな)
と私が思っていると、殿下の顔が不機嫌そうなものから、柔らかく微笑んでいるものに変わっていた。ここ最近見せるようになった、昔懐かしい笑顔だ。
(思い出した。共に学んだあの頃、殿下はよく笑っていた)
いつから笑わなくなっていたのだろうか。しかし私は、それが王族として当たり前の処世術なのだと思い、直ぐに気にするのを止めたのだった。
私と同じように、殿下の変化に気づいたクシャーナ様が、目を見開いて殿下を注視していた。その時、
「クシャーナ様、あんな危ない場所に近寄ったのですか?」
とハンフリー令嬢がクシャーナ様に尋ねた。クシャーナ様はプイッと顔を背ける。おとなしい姫だと思っていたが、こう言う一面もあるのだと初めて私は知った。
ハンフリー令嬢だけが、殿下の様子に驚くことなく普段通りに詰め寄る。
「殿下……馬鹿…じゃなくてアホ…じゃなくて……ここまで頭が残念だとは思いませんでした」
「言葉が隠し切れていないぞ…」
「あら失礼」
私達は殿下の『何』を見ていて、『何』を知っていると思っていたのだろう。今、目の前にいる殿下が、本来の姿ではなかっただろうか。皆が皆、彼に『理想の王子様』を押しつけていただけだったのではないか。
(どうして私は……その事に気づいたのに、考えることを止めてしまったのだろう)
1番そばに居たというのに、自分の不甲斐なさに悔しさがにじむ。
(これから、これからもっと殿下の機微にも気をつけていこう)
そう考えたのもつかの間。監視役が連れてきた『ある人』の姿を見て、私は青ざめた。
「頭の痛い話だが、現実か……」
「あら、遅かったじゃない」
「全く、学園の風紀を乱すなんて何処のどいつだって……アーデン兄上か…」
この場を治めに来たのは、アーデン殿下の弟君、ディオル様だった。
「この問題は風紀委員長が解決したと言うことで、よろしいでしょうかクシャーナ様?」
「……そうですわね。ですが、アーデン様がわたくしの心をかき乱した行いについては、しっかり沙汰を下して頂かねば……お分かりですわよね?」
「ハハハハハ」
「ホホホホホ」
(……笑えない)
ディオル様のお付きの者や監視を務めていた者達が集まり、殿下と私達の周りにやってきた。ディオル様は「どうしてこんな事をしたんですか…」とアーデン殿下に苦言を呈していたが、殿下はそっぽを向いて聞く耳を持たなかった。おそらく、ディオル様がハンフリー令嬢に耳打ちしていたのが気に障ったのだろう。
ディオル様がハンフリー令嬢の元に行くのを見てから、私は殿下に話しかけた。
「殿下、直ぐにお止めできなくて申し訳ありません」
アーデン殿下は私をチラッと見ただけで、言葉を返してはくれなかった。そして、監視役達に案内されるまま馬車止めまで歩く。私は釈然としない思いを隠せず、殿下に尋ねた。
「どうして相談してくれなかったのですか? これでは周囲にあらぬ誤解をさせてしまいます」
(例えば、アーデン殿下よりもディオル様の方がしっかりしているとかーーー)
そう考えるだけで恐ろしかった。知らず、手が震える。私はこれからの殿下の身の振り方を何通りも模索した。
(クシャーナ様に対してはどうだろう。謝罪だけですむことか? いやいや、王族が謝罪などもっての外だ。謝罪の代わりに何かしら罰則が与えられるとしてーーー)
ぐるぐると思考を回転させていると、「スミス」と殿下が私の名を呼んだ。
「何でしょうか? 殿下?」
私は思考の海から浮上し、視線を上げて殿下を見た。殿下は私の方は見ず、前を歩きながら、
「私が勝手にやったことだ。何の責任もお前には無い」
と言った。私ははじめ、いわれた意味が何なのか分からなかった。だが、徐々に意味が分かると、頭に血が上り一気に顔に熱が集まった。
「ふざけるな!!」
私の怒号に周囲が全員驚いた。殿下でさえ驚いて立ち止まり、こちらを振り返った。私は殿下を真っ正面からとらえて怒鳴った。
「関係が無いとか言うな!! 私はっ! …あなたの宰相になるために頑張っていたんだ! あなただってそうだろう?! その日々を全部否定するな!!」
―――いや、違う。
「否定なんかさせない!! 絶対させないからな!!」
私の悲痛な叫びに、エスタとカーダシアンも思うところがあったのだろう。彼らは俯き拳をぎゅっと握ったり、唇を噛んだりし、思案しているようだった。
私は2人の様子を見た後、立ち尽くす殿下の隣を横切った。馬車止めに先にたどり着き、用意されていた後方の馬車に乗る。後からエスタとカーダシアン、そして監視役の生徒―――ディオル様付きの者―――が入ってきた。おそらく、アーデン殿下はディオル様と同乗するのだろう。
(先ほどの私と殿下を、一緒にするわけがない)
自分で言ったことだったのに、違う馬車に乗ることでさえ殿下と自分に距離が有る気がして嫌になった。
私達側近は一言も話さないまま、王宮へ向かう馬車に身を任せたのだった。
※あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ! 「俺は食堂で昼食を食べようと思っていたら、いつのまにか王宮に来ていた」な、何を言っているのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった…。(注:ジョ○ョネタです)
↑から始まったスミス君の話でしたが、青春ストーリーになってしまいました((cry
ツッコミとギャグが無いと死ぬ病にでも掛かっているのかしら……すみません。
次回は会議内容になります。