目の前で起きた出来事をありのまま話すスミス1
私の名前はスミス・レイクイア。アーデン殿下の側近である。年は17、王立学園3年生で、生徒会の副会長をしている。将来はアーデン殿下の隣で宰相をするつもりだ。その為に、目下修行中の身である。
そんな私の最近の1番の悩みは、殿下に付きまとうとある令嬢のことだ。
今年学園に入学してきたノイン・ショーン男爵令嬢。
学園内で「道が分からない」と尋ねられてからと言うもの、何かと用事を作ってアーデン殿下の側にやってくる。はじめは誠意に対応したものだったが、回数が多いと疑わしくなる。
「……と言うことでして」
私は、宰相の父が邸に帰ってくると直ぐに相談した。
「なるほど。お前も気になるというのであれば、監視役を増やそう」
「お前もですか?」
「あぁ……」
どうやら先日、ハンフリー令嬢が王宮に訪れて、私と同じ件について話をしたようだ。
(さすが風紀委員長。風紀の乱れは許さない……)
普段の彼女を思い出し、私は少し和んでしまった。生徒会室の出入りが多くなったのは、彼女なりに気にしていたからなのだろう。
「大事になる前に対処してしまいたいな」
「はい。何事も無ければ良いですが……」
「スミス、お前は勘が良いのに……甘いな」
誉められた後に直ぐ貶され、私は悔しくなった。
「そうガッカリするな。勘が良いことは僥倖だぞ?」
父は瞳の奥を光らせて私に告げる。
「いいか? きな臭さを感じている時点で、そいつは『黒』だ」
*****
うららかな午後。食堂は沢山の学生で溢れていた。食欲をそそる匂いがそこかしこからし、楽しそうな話し声が沢山聞こえてくる。如何にも平和な風景だが、1つだけ不穏分子が紛れ込んでいた。
アーデン殿下の後ろを歩くノイン嬢。彼女は怪我をしたらしく、両腕に包帯を巻いていた。
「殿下……手紙は読んでくれましたか?」
「あぁ。その事については今から聞こうと思っていたんだ」
「今からですか?」
「そう」
私は、また理由を付けて一緒の席で昼食を取るのかとゲンナリした。困ったなとか、面倒くさいな位にしか思わないで殿下の後に続いた。
殿下は「ちょっとここで待っていて」と言うと、クシャーナ様の元に歩いて行った。
(婚約者様に律儀に報告とは……流石です、アーデン様)
アーデン様とクシャーナ様は仲が良い。お茶会の席での息の合った会話に、何度鳥肌が立った事だろう。これが王と王妃になる者の器かとしみじみ思ったものだった。
そうこうしている内に、殿下は私達の元にクシャーナ様を連れてきた。
「……何でしょう? アーデン様」
落ち着いたクシャーナ様の声がよく聞こえる。殿下はいつものようにあまり表情を変えずに話し出す。
「こちらのノイン・ショーン男爵令嬢が、階段で君に押されてケガをしたらしいんだ。証言だけでは何とも言えないからね。直接聞きに来たんだよ。……どうなの?」
(……ん?)
想定していた会話では無かったことに、私の思考が出遅れる。
「知りません」
「知らないとかではなくて……君は彼女を階段から突き落としたの? そこを聞いているんだけど」
(んん?)
「…ですから、わたくしは知らないと申しているではないですか」
「そう、それじゃあ彼女が嘘をついていると? 何のために?」
「……」
「君の階級が高いから、生徒会長の私が確認する事になってね…」
「……」
「クシャーナ、黙らないでちゃんと話して欲しい」
クシャーナ様が俯きながら、目を潤ませはじめた。
(え? 何だ? 何か変だぞ??!)
私がそう思っていると、
「ちょっとそれ待ったーーーーー!!」
ガッッターーン!!
けたたましい音と共に、大きな声が聞こえてきた。食堂にいた全員が音の先を振り返った。「やっべぇ~、風紀委員長だ」「おっかねぇ…」とかなんとか周囲から聞こえてくる。風紀委員長はずんずん歩いてきて私達の前に止まった。仁王立ちし、殿下を睨む。
「この学園の風紀を乱す奴は風紀委員長である私が許さないーーー生徒会長っ! たとえ貴様が相手でもだ!!」
殿下達の会話の内容もそうだが、キトリー・ハンフリー令嬢の突然のお出ましに、私はしばしポカンとなるしか無かった。
*****
「何なのですかこの状況は! 1人の女人に大人数でよってたかって難癖を付けるなんて…!」
「難癖とは失礼な、事実を確認しようとしていただけだ」
ハンフリー令嬢は多少オーバーにリアクションを取り、ずいっと殿下に迫る。殿下は眉間にシワを寄せ、不機嫌そうだ。
「この状況のどこに正当性があるのでしょうか?」
ハンフリー令嬢は殿下と側近1人1人をじっくり睨んだ。
「話があるならば個人と個人で話せばよろしかったのでは?」
言われて私はやっと気づいた。1人の令嬢に対し大人数で難癖を付けている……かのように見えるこの状況は、普段でさえもよろしくない光景なのに、それが王子と王女と側近ならばもっとヤバイ。隣の2人も気づいたようだが、殿下はさっきと変わらず眉間にシワを寄せたままだった。目の端に、数名の生徒が食堂の外に駆け出した姿が写った。
「何故食堂で? 生徒に注目されながらする必要が?! 貴方達がしていることは、つまりこう言う事です!」
ハンフリー令嬢はノイン嬢の腕を強く引っ張り、殿下とクシャーナ様の間に引きずり出した。そして、殿下の後ろに回り込み「この人です! 私を突き落としたのは!」とノイン嬢を指さした。
「は? ……え?」
「見損なったぞクシャーナ……そんなことをしたなんて…!」
(なんで殿下の振りもするんだよ?! しかもちょっと似てるし!!)
私はハンフリー令嬢の機転の良さに感動しながら、いつ会話に入り込もうか考えた。事は途切れること無くどんどん進んでいく。
「……お分かりいただけたでしょうか?」
「え? いや、全然分からないんだけども?!」
ベシッ!
「な、何をする! 不敬だぞ?!」
「エスタ様! どうされたんですか?」
「いやいやいや、私の手を勝手に使ったのは貴女でしょう!」
「……何を言っていますの? 私は何もしていませんわ」
ハンフリー令嬢が何をしたかというと、エスタの腕をつかんで殿下の背中を殴ったのだ。
「今のは天の御技に違いありませんわ…! 馬鹿なことをするもんじゃないとの御達しでは……?!」
「……だから私の手を使ったのですか」
エスタは現神官長のご子息であるから『神に仕える者=神に使われる者』と言うことなのだろう。ちょっと色々無理矢理すぎる気がするが、これは今後、殿下にお灸を据える際に使えそうだと私は思った。
ハンフリー令嬢はエスタを見ながら「正解です」とでも言いたげに笑みを深くする。その様子にエスタが赤面した。すると、どこからか身の毛がよだつほどの殺気を感じた。
(な、なんだ?! どこから!?)
私はすかさず周りを見渡したが、一瞬の出来事だった為、殺気を放った者の正体をつかめなかった。殿下を狙う者がこの場に紛れていると思った私は、騎士団長の息子であるカーダシアンに周りを警戒するよう耳打ちした。早く監視役が重役の先生や衛士を連れ来てくれることを、私は祈った。