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学園での再会

時は流れてーーー


教育の機会きかい均等きんとう法令ほうれいによって作られた王立学園。多くは貴族と商家しょうかの子息令嬢ばかりだが、平民の中でも特に優秀な者は奨学金を受け取れ、特例で通うことが出来る。と言っても推薦枠はごくわずかである。


中等部と高等部が有るが、王族は高等部だけ通うことになっている。勉強よりも、人脈じんみゃく作りが主な仕事だ。クシャーナ姫も、我が国に慣れるよう3年間共に通う事になった。


王宮から学園までの馬車の中はいつもクシャーナ姫と一緒だ。比較的穏やかに、波風なみかぜも何も立たないように、私は彼女との交流を持った。


全てが順調すぎて、わらいたくなる。


しかしそれすらも飲み込んで、私はひたすら王族の責務をこなした。


そんなある日だった。私が彼女と再会したのは。






***






校門前には毎日「風紀委員会」と言う、王立学園の規律を取りまる係が並んでいる。


この学園に通う者は決められた服の着用を全員求められている。開校したての頃、服装は自由だったのだが、華美なドレスを着てくる者や露出の多い服を着る者が出てきて、学生達は勉強どころでは無くなっていたらしい。


「勉強」という本分ほんぶんに立ち返る為に、ブレザーの制服が作られた。


しかし制服が作られても、人は何かと自分をきらびやかに飾ろうとする。


そういった学園の風紀を乱す者達を正し、監査かんさするのが風紀委員である。そのほかにも、貴賤きせんによるいじめを取り押さえたり、不純異性行為への注意喚起(かんき)なども彼らの仕事になっている。


そんな風紀委員の新しい1年生メンバーに、彼女の姿があるでは無いか。


(風紀委員とは彼女らしい)


幼い頃の邂逅かいこうが頭によぎり、思わず私は笑みがこぼれた。


「「「おはようございます、殿下、アース公爵令嬢様」」」

「おはよう」

「おはようございます」


何人も風紀委員がいるのに私の目は彼女ばかり見てしまっていた。簡易的な礼だったが、曲げる角度、肩からこぼれる髪、戻ったときのたたずまい。一部始終が目に焼き付いて離れない。


しかし私は目も合わせず彼女の前を通り過ぎた。私の心の平穏のため、準則じゅんそくたる王子であるために必要だと思ったからだ。それなのにーーー


「殿下! 失礼いたします!」


彼女が私を追いかけて来たではないか。関わらないようにしようと思っていたのに、体が無意識に振り返ってしまう。そこには、腕を組んでいつものように怒った顔をした彼女がいた。目が合っただけで、心臓の鼓動が早くなった。


「何ですの、そのネクタイは」


(ネクタイ?)


言われて自分のネクタイを見てみるが、特に変わっているとは思わなかった。この学園の男子のネクタイと女子のリボンタイは指定のものが無い。『紺を基調とした、色が派手ではないもの』としか規定に書かれていないので、各生徒、好きなものを着用している。


(そう言えば今日ネクタイをしてくれた着付け役の彼、妙に時間がかかっていたっけ)


朝のことをぼんやり思い出していたら、いつの間にか彼女が距離を詰めて自分の目の前に来ていた。


「ブレザーからネクタイが出ている…!」


そう言うと彼女は手を伸ばし、私のネクタイの結び目をぐっととららえた。


「何で出てるのよ。おかしいでしょ」


昔と変わらない彼女のぼやきに、かたくなに閉ざしていた心が打ち震える。


「なるほど、通常のものより長いのね」


着付け役をさりげなく気遣うのも、彼女らしくて微笑ましい。


「殿下は自分でネクタイも結べませんの?」


暗意あんいに「ネクタイくらい自分でやれ」と言っているのだろう。悔しいので帰ったら特訓してやろうと思う。


久しぶりに間近にみた彼女の視線は相変わらず力強くて、思わず見とれそうになった。ツンツンした懐かしい態度に心がざわめく。蓋をした気持ちがあふれそうになる。


だがーーー冷静な自分がそれをさまたげた。


後ろに婚約者がいることを忘れてはいけない。私は眉間にシワを寄せて、ほほがゆるむのをぐっとこらえた。変な顔になっていないか心配だ。


「何ですの? その顔は」


案の定、変な顔になっていたらしい。


私は「ありがとう」と抑揚のない声で返し、すみやかに校舎に入った。彼女が手がけたネクタイは、いつもより結び目が大きく感じた。


王宮に戻ってからネクタイに手をかけると、あまりにも複雑な結び方に私はうなった。解くのに結構な時間がかかったが、全然気分が悪くなることはなかった。むしろその時間が楽しすぎて、久しぶりに大きな声で笑ってしまった。


扉の外に聞こえてしまっていたようで、衛兵が恐る恐る扉を開け「……どうされました?」と聞いてきた。その驚いている顔がおかしくて、私はまた、笑ってしまったのだった。






*****






彼女との直接的な交流はそのないまま、またたく間に月日は流れた。


そして、ディオルの14歳の誕生日が近くなってきた、ある日の夕食時。


「え? ディオルは公爵ではなく、伯爵位をたまわるのですか?」


思いもよらぬ話に、私は耳を疑った。


「公爵位が増えすぎても困るゆえ、ディオルにはまず伯を贈ろうと思っている」


陛下は言葉少なに事情を告げる。

確かに父の3人の弟達は誰1人司教になることなく、全員公爵位を賜っており、跡取りもいれば輿入れできる子女もたくさんいる。今のところ余っている公爵位は無いが、名前だけ新たに作り、儀礼だけでも公爵にするものだと思っていた。


「私が即位する頃には事情も変わっているだろう。その時にディオルには“公”を贈ろうと思う」

「父上、その頃には兄上の御子おこ達がおりましょうから、私のことはお気になさらないで下さい」


ディオルの何気ない一言が、私の心に突き刺さる。


「兄上とクシャーナ様の仲の良さは、宮中の皆が聞き及んでいることです。王家の安泰はまず間違いないでしょう」


そうですよね? 兄上? とディオルの無垢むくな笑顔にきょを突かれる。私は何とか口角を上げて、肯定も否定もせず微笑みを返した。私はそのあと、1点だけ気になることを陛下に尋ねた。


「伯爵位になった場合、他国の姫は嫁いでくれるのでしょうか……?」


陛下と父上の顔をさぐるように私は見つめた。それに答えるように2人は視線を交わしあい、うなずきあった。


「他国は難しいであろうな。国内の王族公爵家辺りに打診することになるだろう」


その言葉に私の心が打ちひしがれた。


(……何なんだそれは。ただ早く生まれたかそうでないかの差だけで、こんなにも違うのか?)


酷いではないか。

あんまりではないか。


その日の夕食は、大好きな魚の香草焼きだったのに、砂を噛んでいるかのように何の味もしなかった。動揺が顔に出ないよう必死だった。私は、自分の感情がまた1つ海の底に沈んでいくのを、静かに見送った。


その後はもう、無邪気なディオルの様子に腹も立たなければ、何も感じなかった。







次話で一旦終わりになります。

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