2.彼女と彼の出会い
自分の家のことを自分以上に知っている少女に対し、令嬢は驚きと共に悔しさを滲ませた。小さな女の子はきょとんとしてキトリーと姉を交互に見つめるばかりであった。
「裏でこんなことしてミットモナイ。こう言うのシューブンって言うのよシューブン」
「何なのあんた。私のお父様は侯爵様なのよ?! そんな態度取って良いと思ってるの?!」
「偉いのはお父様。あなたは偉くない。影でこそこそ悪いことをするのはヒキョーモノ」
「私が卑怯ですって?!」
「そうよ、『ヒキョーモノのお姉さん』? 誰かをイジメてる時間があるなら、違うことに使えば良いのに。私だってそれくらい知ってるわ」
キトリーは相手の目をハッキリと捉えながら堂々と告げた。
「お父様は騎士様で、かっこよくて、皆を守っているのに。ムスメがヒキョーモノなんて、お父様が可アイ想」
令嬢は目を見開きハッと息を詰めた。顔がみるみるうちに赤くなるのを見て、キトリーは言い過ぎたかと少したじろいだ。すると、
「何よ!? あんたには分からないわよ!!」
と言って令嬢が手を上げた。それを見て叩かれると思ったキトリーは咄嗟に目を瞑る。
しかし、その手がキトリーに届くことはなかった。恐る恐るキトリーが目を開けると、令息が令嬢の手を掴んで止めたようだった。令嬢はキッと隣の令息を睨んだ。それに怯まず令息は話す。
「やめろって、この子の服装、結構良いものだぞ? 何かしてみろ」
「何?!」
「お前じゃなくて家に迷惑がかかるだろ」
「……」
ソロン家の令嬢は、家のことを持ち出されるのと途端に弱くなるようだ。だがキトリーも少なからずその気持ちが分かった。
(……ソロンの家には今、跡継ぎの男の子がいない)
『自分が男だったら良かったのに』と思う気持ちは、女子しかいない貴族の家の者ならば誰もが考えることだろう。だからといってキトリーはその事を悲観したりはしない。自分が出来ることを最大限、精一杯頑張る。それが自分のーーー引いては家のーーー為に成ると知っているからだ。
「お姉様~つまんない~」
女の子の呑気な声が聞こえたが、それが場を和ませることはなかった。女の子なりに姉を思っているのだろうが、気持ちが張り詰めている姉にとって、今は逆効果だったかも知れない。
「だって…! だって!」
と言いながら令嬢はボロボロと泣き始めた。その姿を見て、すぐに令息が令嬢の背中をトントンとあやし始めた。それを見てキトリーは、
(何でその子には優しく出来て、男の子には優しく出来ないの??)
と不思議に思い問い詰めようとしたが、誰かが近づいてくる足音に気づいた2人は逃げるようにその場から離れていってしまった。令嬢の妹は2人を追いかけながら「バイバ~イ」と手を振って去って行く。
「あ! 謝んないで帰られちゃった! フカクだわ!!」
場を上手く収められなかったなとキトリーは思った。腑に落ちない気持ちを持て余しながら、彼らの姿が見えなくなるまでキトリーは目で追った。
そうしている内に後ろから服を叩く音がした。キトリーが振り向いてみれば、赤髪の男の子はいつの間にか立ち上がり、服に付いた泥などを手で払っていた。隣にはやけに豪華な服を着た少年がおり、近くの騎士に指示を出している。
「彼を医務室に連れて行ってあげて」
「承知しました」
大の大人に指示できる者などなかなかいない。勘の良いキトリーは豪華な服の少年が誰かすぐに分かった。
(―――アーデン王子だわ……!)
しかしキトリーは王子だからといって特に気にはしなかった。むしろ先ほどの挨拶の際に、誰と話していてもにこやかな表情を崩さない王子を見て嫌な気持ちになったことを思い出した。キトリーが難しい顔をしている間に、赤髪の男の子は騎士に連れられていく。ポツリと呟いた「ありがとう」の言葉は、キトリーの場所からは少ししか聞こえなかった。それもそれで納得いかなかったキトリーは、腕を組みながら不満を漏らした。
「あの子もナヨッとしてるのが悪いのよ。耐えれば良いとでも思ってるのかしら?! 鍛えるべきだわ!!」
うんうんと何度か頷きながらキトリーは(こう言うのを何というのだったかな……?)と考えた。「シントーメッキャクスレバ、ヒモマタスズシ…」と口に出しながらも、意味があっているかは微妙であった。その気持ちがバレてしまったのか、豪華な服の少年―――もといアーデン王子が、思わずと言った体で笑った。
「フフッ……ねぇ? それ、どう言う意味?」
キトリーはその笑い声にあれ? と思い、王子に顔を向けた。
(この人は本当にさっきの王子様?)
そう思ったキトリーは、王子が本物かどうか一つ一つの装飾品をしっかり確認した。やはり本物だと分かった所で先ほどの質問に答える。しかし覚えたての言葉だったので自信は無かった。
「やれば出来ると思えば何だって出来る……?」
「フッ……ハハハ!! 何ではてななの? 違うの?」
「教えられるほどちゃんとは分からないもの」
「そうなの?」
「そうなの」
「フ……フフフ……、ハハハハハッ」
屈託なく笑うアーデン王子の様子をまじまじと見て、
(こういう風にも笑うんだ?)
とキトリーは思った。アーデンの琥珀色の瞳は、何度もキトリーを写しては優しく微笑む。ただひたすらに、純粋に輝く琥珀の瞳を、キトリーは綺麗だと思った。
「ねぇ、君。僕が誰だか知ってる?」
一通り笑い終わったアーデン王子はキトリーに話しかけてきた。何でそんなことを聞くのだと思いながらキトリーは答える。
「殿下」
キトリーは間髪入れずに正しく答えたはずなのに、王子は少し挙動不審していた。
「う、うん? そう。僕、王子……なんだけど?」
「何? それがどうかしたの?」
キトリーにとって王子というのは特に目新しいものでは無かった。母は小国の元王女、祖父は王弟、祖母は元王女、更に従兄弟は現役の王子様―――と身近に存在するものだったからだ。アーデン王子の「ん? んん?」と困惑している様子を見てキトリーは妙に苛立ち、「ハッキリしないわね、用がないなら行くわ」と言ってプイッと身を翻す。
(そりゃあ王子様から見たら私なんて長い行列に並んでいた1貴族に過ぎないものね。でも、家名も浮かばないのかしら?? 失礼しちゃうわ)
自分はすぐに分かったのに、相手はそうでは無かった。その事をキトリーは悔しく思った。―――その気持ちが何なのか、何処から来るものかなど、まだ幼い彼女には分からなかったのだが。
「待って!」
と言われてキトリーは腕を取られる。だが、捕まれた腕はすぐに放された。キトリーが振り返ると件の王子は頬を少し赤く染め、手の平を閉じたり開いたりしていた。年の近い男の子と交流の少なかったキトリーは、アーデン王子の行動を怪しんだ。
「……何か?」
「えっと、あの……名前、名前を教えて?」
キトリーは益々むくれる思いがしたが、この機会にきちんと名乗った。
「ハンフリー子爵が長女、キトリーと申します」
「ハンフリー子爵……キンバリーの大叔父上のところかな?」
「はい。そうです」
「キトリー」
名乗って直ぐさま呼び捨てにされ、(何かおかしい……)とキトリーは思いながらも返事をした。
「はい」
「僕はアーデン」
「……ゾンじています」
「アーデンと呼んで」
呼び捨てにされた上に呼び捨てを許可してきたアーデンに対し、キトリーは訝しんだ。
(会って間もないというのにそれは駄目でしょう……)
そもそもこちらは呼び捨てを許可していないぞとキトリーは思ったが、それを口には出さなかった。瞬時の判断で「アーデン様…?」とキトリーは敬称を付けて王子の名を呼んだ。
「うん。キトリー、君良いね。気に入った!」
何が良かったのかは分からないが、どうやら彼はキトリーを気に入ったらしい。
(……どうして?)
とキトリーは思わず首を傾げた。そうしたら益々目の前の人物は笑みを深めた。
「僕の遊び相手になってよ。勉強も一緒にしよう?」
(王子の学友? 女の子の私が??)
無理なことではないかとキトリーは思ったので、「お父様がユルしてくれたら」と無難に言葉を返した。するとアーデンはピタッと止まり、長い間を置いてから、
「うんうん、絶対許してくれるから。また会おうね」
と言った。さっきの間は何だったのだろうとキトリーは思いながら、アーデンに「ご機嫌よう」と言って今度こそ身を翻すのだった。




